アメリカでのアルバム売上データ(3)
では1980年代のデータを見ていこう。
マッカートニーⅡ 70万枚
タッグ・オブ・ウォー 132万枚
パイプス・オブ・ピース 110万枚
ヤア!ブロードストリート 55万枚
プレス・トゥ・プレイ 40万枚
オール・ザ・ベスト! 180万枚
フラワーズ・イン・ザ・ダート 65万枚
合計:652万枚
70年代に比べるとアルバムの売上枚数が大きく落ち込んでいることがよくわかる。『パイプス・オブ・ピース』まではよかったが、『ヤア!ブロードストリート』の映画が大失敗し、サウンドトラックだったCDも売れず、次作『プレス・トゥ・プレイ』に至ってはソロになってから初めて売り上げが50万枚を割り込んでしまった。そして、少なくともアメリカにおいてはこの2作連続での失敗がのちのポールの人気、レコード売り上げに大きな影を落とすことになるのである。なぜなら、事実上の復活作とされている『フラワーズ・イン・ザ・ダート』でさえ、アメリカでは65万枚とミリオンを大きく下回り、チャートも21位にとどまったからだ。
比較として実は本国イギリスではこの時期アメリカほど人気が落ち込んでいない。『ブロードストリート』は1位(アメリカ21位)、『プレス・トゥ・プレイ』は8位(アメリカ30位)、『フラワーズ・イン・ザ・ダート』は1位(アメリカ21位)という成績なのである。よって売上枚数とチャート順位からわかることは、アメリカではこの時期に多くのファンがポールから離れていってしまったのではないかということだ。しかし、そんな中にあっても2枚目のベストアルバム『オール・ザ・ベスト』が160万枚売れていたというのは少し気持ちが軽くなるデータである。
いずれにしても、ポールのアメリカでの人気は1983年を最後に下降線に転じたことは否定できない事実であろう。
1970年代 1685万枚
1980年代 652万枚
もしも『フレイミング・パイ』というアルバムがなかったなら、現在のポールはなかったのかもしれない・・・(続く)
参考:ポール・マッカートニー・アーカイヴ・コレクション
マッカートニーⅡ 70万枚
タッグ・オブ・ウォー 132万枚
パイプス・オブ・ピース 110万枚
ヤア!ブロードストリート 55万枚
プレス・トゥ・プレイ 40万枚
オール・ザ・ベスト! 180万枚
フラワーズ・イン・ザ・ダート 65万枚
合計:652万枚
70年代に比べるとアルバムの売上枚数が大きく落ち込んでいることがよくわかる。『パイプス・オブ・ピース』まではよかったが、『ヤア!ブロードストリート』の映画が大失敗し、サウンドトラックだったCDも売れず、次作『プレス・トゥ・プレイ』に至ってはソロになってから初めて売り上げが50万枚を割り込んでしまった。そして、少なくともアメリカにおいてはこの2作連続での失敗がのちのポールの人気、レコード売り上げに大きな影を落とすことになるのである。なぜなら、事実上の復活作とされている『フラワーズ・イン・ザ・ダート』でさえ、アメリカでは65万枚とミリオンを大きく下回り、チャートも21位にとどまったからだ。
比較として実は本国イギリスではこの時期アメリカほど人気が落ち込んでいない。『ブロードストリート』は1位(アメリカ21位)、『プレス・トゥ・プレイ』は8位(アメリカ30位)、『フラワーズ・イン・ザ・ダート』は1位(アメリカ21位)という成績なのである。よって売上枚数とチャート順位からわかることは、アメリカではこの時期に多くのファンがポールから離れていってしまったのではないかということだ。しかし、そんな中にあっても2枚目のベストアルバム『オール・ザ・ベスト』が160万枚売れていたというのは少し気持ちが軽くなるデータである。
いずれにしても、ポールのアメリカでの人気は1983年を最後に下降線に転じたことは否定できない事実であろう。
1970年代 1685万枚
1980年代 652万枚
もしも『フレイミング・パイ』というアルバムがなかったなら、現在のポールはなかったのかもしれない・・・(続く)
参考:ポール・マッカートニー・アーカイヴ・コレクション