ポールのアルバム:『オフ・ザ・グラウンド』 その1
僕にとって『オフ・ザ・グラウンド』は、ポールの全アルバム中最も評価が難しいアルバムかもしれない。なぜなら発売からゆうに20年以上が経過した現在になってもなお、僕はこのアルバムに対する評価を定めることができず、その時々の気分により好き嫌いの振れ幅が大きく変動してしまうからである。正直言ってこんなアルバムは他にはない。
たとえば極めて大雑把に、ポールの全アルバムを好きなほうの50%(Aグループ)と、嫌いなほうの50%(Bグループ)に半々に分けよと言われたとする。僕は大抵のアルバムを即座にAかBに分けることができるだろうが、『オフ・ザ・グラウンド』だけはどちらかをすぐに決めることができず、AとBの数のバランスを見てあとから帳尻合わせに数の少ないほうに入れる、というような事になってしまいそうな気がするのである(笑)。つまり僕にとって『オフ・ザ・グラウンド』は好きなほうのグループに入れることも可能だし、嫌いなほうのグループに入れることも同様に可能なアルバムなのである。まさに可もなく不可もなし。これといった欠点もない代わりに、決定的な長所もないといった具合である。
アルバム『オフ・ザ・グラウンド』は1993年2月に発売された。オリジナルアルバムとしては前作『フラワーズ・イン・ザ・ダート』から3年8か月ぶりのリリース。ポールは『フラワーズ・イン・ザ・ダート』発売後に行なわれたワールドツアーを大成功させており、何度目かのピークのさなかにあった。
『オフ・ザ・グラウンド』の発売を待つ間、ポールの完全復活はもう目の前だ!、と当時僕は思っていた。『フラワーズ・イン・ザ・ダート』は一般的には高い評価を得ていたが、僕の目にはその時点ではポールの完全復活にはまだ何かが足りないと映っていた。そうポールはアメリカでNo.1に返り咲いていなかったからだ。『フラワーズ・イン・ザ・ダート』はイギリスでは1位を取ったが、アメリカでは21位までしか上がらなかったのだった。
僕は理解に苦しんだ。『フラワーズ・イン・ザ・ダート』はたしかにポールの最高傑作ではなかったが、それでも全米で楽にトップ5に入るだけの資格は持っているように思われたからだ。それがアメリカでは20位内にさえも入れなかったのだ…。
しかし、それでもポールはかつて戻ることはないだろうと思われたステージに、あまりにも鮮やかに完全復帰を果たしていた。これは僕のようなオールドファンにとっては奇跡以外の何物でもなかった。そしてワールドツアーは全世界熱狂のうちに大成功を収めた。アメリカでNo.1を取るとすれば、きっとその次のアルバムになるにちがいない。僕はそう確信していた。
そして1993年1月、ニューアルバムからのファーストシングルカット『明日への誓い』が届けられ、僕の確信はさらに深まった。『明日への誓い』はまちがいなく1位になるだろう。そして、ニューアルバム『オフ・ザ・グラウンド』もきっと…。
だが僕の予想は無残にも打ち砕かれた。『明日への誓い』は全米最高89位、アルバム『オフ・ザ・グラウンド』は全米最高17位に終わった。悪夢だった。チャート1位に返り咲くのにこれ以上の完璧な流れはないと思われたのに、ポールはその流れには乗れなかったのだった。あらゆる栄光と名誉をいとも簡単に手にし続けたポールにとって、これは数少ない敗北、しかも完全な敗北であるように僕には思われた。ツアーでの観客動員数はもはやレコード売り上げには以前ほど反映されてはいないようだった。ポールはもはやアイドルではなかった。時代は確実に変わっていたのだ。
しかしながら、上記はポールを偏愛する一人のファンの勝手な妄想以外の何ものでもない。当のポールはといえば、またしてもバンドとしての音にこだわっていたのである。『オフ・ザ・グラウンド』のレコーディングセッションにおいて、ポールは彼のバンドと共に入念なリハーサルを繰り返し、ほぼ全ての曲をオーバーダビングなしの一発録りという手法で録音したと言われている。レコーディングの期間は7か月にも及んだ。
言われてみれば、たしかにこのアルバムの音はポールの他のアルバムの音とは一味も二味も違う。それはアルバムの曲をポールの他の曲と一緒にランダムでシャッフルしながら聴いてゆくとその違いが非常によくわかる。特にいくつかの曲で聴かれるギターの音は衝撃的なほど新鮮な響きを伴っていて目の覚めるような思いがする。
バンドの音とはいっても、『スピード・オブ・サウンド』の時のように他のメンバーにリード・ヴォーカルを取らせている曲は1曲もない。また曲もすべてポール自身の手になるオリジナル曲ばかりで占められている。しかし、仕上がったサウンドはポールらしさを随所に残しつつも、いわゆるビートルズっぽいサウンドからはかなり離れたところにあるという印象である。考えてみれば、ポールのアルバムで傑作と呼ばれているものは、やはり多かれ少なかれビートルズの雰囲気を感じさせるものが多いということも事実だろう。
だからポールはバンド固有のライヴサウンドに徹したことでまた一つ新たな地平を切り開いたとも言えるし、ポールの新作にビートルズの再現を期待する人々の夢を見事に裏切ったとも言えるのかもしれない。(続く)
参考:『オフ・ザ・グラウンド』(アマゾン・デジタルミュージック)
たとえば極めて大雑把に、ポールの全アルバムを好きなほうの50%(Aグループ)と、嫌いなほうの50%(Bグループ)に半々に分けよと言われたとする。僕は大抵のアルバムを即座にAかBに分けることができるだろうが、『オフ・ザ・グラウンド』だけはどちらかをすぐに決めることができず、AとBの数のバランスを見てあとから帳尻合わせに数の少ないほうに入れる、というような事になってしまいそうな気がするのである(笑)。つまり僕にとって『オフ・ザ・グラウンド』は好きなほうのグループに入れることも可能だし、嫌いなほうのグループに入れることも同様に可能なアルバムなのである。まさに可もなく不可もなし。これといった欠点もない代わりに、決定的な長所もないといった具合である。
アルバム『オフ・ザ・グラウンド』は1993年2月に発売された。オリジナルアルバムとしては前作『フラワーズ・イン・ザ・ダート』から3年8か月ぶりのリリース。ポールは『フラワーズ・イン・ザ・ダート』発売後に行なわれたワールドツアーを大成功させており、何度目かのピークのさなかにあった。
『オフ・ザ・グラウンド』の発売を待つ間、ポールの完全復活はもう目の前だ!、と当時僕は思っていた。『フラワーズ・イン・ザ・ダート』は一般的には高い評価を得ていたが、僕の目にはその時点ではポールの完全復活にはまだ何かが足りないと映っていた。そうポールはアメリカでNo.1に返り咲いていなかったからだ。『フラワーズ・イン・ザ・ダート』はイギリスでは1位を取ったが、アメリカでは21位までしか上がらなかったのだった。
僕は理解に苦しんだ。『フラワーズ・イン・ザ・ダート』はたしかにポールの最高傑作ではなかったが、それでも全米で楽にトップ5に入るだけの資格は持っているように思われたからだ。それがアメリカでは20位内にさえも入れなかったのだ…。
しかし、それでもポールはかつて戻ることはないだろうと思われたステージに、あまりにも鮮やかに完全復帰を果たしていた。これは僕のようなオールドファンにとっては奇跡以外の何物でもなかった。そしてワールドツアーは全世界熱狂のうちに大成功を収めた。アメリカでNo.1を取るとすれば、きっとその次のアルバムになるにちがいない。僕はそう確信していた。
そして1993年1月、ニューアルバムからのファーストシングルカット『明日への誓い』が届けられ、僕の確信はさらに深まった。『明日への誓い』はまちがいなく1位になるだろう。そして、ニューアルバム『オフ・ザ・グラウンド』もきっと…。
だが僕の予想は無残にも打ち砕かれた。『明日への誓い』は全米最高89位、アルバム『オフ・ザ・グラウンド』は全米最高17位に終わった。悪夢だった。チャート1位に返り咲くのにこれ以上の完璧な流れはないと思われたのに、ポールはその流れには乗れなかったのだった。あらゆる栄光と名誉をいとも簡単に手にし続けたポールにとって、これは数少ない敗北、しかも完全な敗北であるように僕には思われた。ツアーでの観客動員数はもはやレコード売り上げには以前ほど反映されてはいないようだった。ポールはもはやアイドルではなかった。時代は確実に変わっていたのだ。
しかしながら、上記はポールを偏愛する一人のファンの勝手な妄想以外の何ものでもない。当のポールはといえば、またしてもバンドとしての音にこだわっていたのである。『オフ・ザ・グラウンド』のレコーディングセッションにおいて、ポールは彼のバンドと共に入念なリハーサルを繰り返し、ほぼ全ての曲をオーバーダビングなしの一発録りという手法で録音したと言われている。レコーディングの期間は7か月にも及んだ。
言われてみれば、たしかにこのアルバムの音はポールの他のアルバムの音とは一味も二味も違う。それはアルバムの曲をポールの他の曲と一緒にランダムでシャッフルしながら聴いてゆくとその違いが非常によくわかる。特にいくつかの曲で聴かれるギターの音は衝撃的なほど新鮮な響きを伴っていて目の覚めるような思いがする。
バンドの音とはいっても、『スピード・オブ・サウンド』の時のように他のメンバーにリード・ヴォーカルを取らせている曲は1曲もない。また曲もすべてポール自身の手になるオリジナル曲ばかりで占められている。しかし、仕上がったサウンドはポールらしさを随所に残しつつも、いわゆるビートルズっぽいサウンドからはかなり離れたところにあるという印象である。考えてみれば、ポールのアルバムで傑作と呼ばれているものは、やはり多かれ少なかれビートルズの雰囲気を感じさせるものが多いということも事実だろう。
だからポールはバンド固有のライヴサウンドに徹したことでまた一つ新たな地平を切り開いたとも言えるし、ポールの新作にビートルズの再現を期待する人々の夢を見事に裏切ったとも言えるのかもしれない。(続く)
参考:『オフ・ザ・グラウンド』(アマゾン・デジタルミュージック)