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ジェームス、挫折の日々と家族について語る

ポールの愛息ジェームスが最近語った内容がかなり衝撃的だったので、拙訳にて速報でお届けする。

ジェームスが家族と距離を置くようになったのは、母リンダの死がきっかけだった。リンダを失くした悲しみがあまりにも大きかったために、リンダが亡くなったその夜ジェームスはポールのベッドで一緒に寝たのだという。

「二人で一緒に悲しみを分け合ったよ。アリゾナで母が亡くなった最初の夜に、僕は父がたった一人で眠るのはきっと耐えられないだろうと思った。だから、その日は父と一緒のベッドで寝たんだ。」

だがリンダの死をきっかけにジェームスはドラッグとアルコールに手を染め始める。

「母が死んだのは僕が20才のときだった。そのときに少し道を踏み外してしまったんだ。僕にとって割と暗い時期だった。(音楽は)ニルヴァーナに深くのめり込み、マリリン・マンソンやなんかのヘヴィーなバンドをよく聴いていた。少し過激な時期だった。そして、いつの間にか酒やドラッグをやり始めていたんだ。」

その結果、ジェームスはドラッグとアルコール依存症に陥り、アリゾナの更生施設にも入っていたことがあるという。ただ過去7か月間はドラッグにもアルコールにも手を出していない。

ポールがヘザー・ミルズと出会った1999年以降、ジェームスは家族と対立し、さらに孤立を深めることになっていゆく。その時期ポールとは数年間もほとんど口をきかない状態が続いたという。

「大変な時期だった。父は再婚しようとしていたけど、僕はそれに対応することができなかった。ヘザーと僕はうまくいっていなかった。そのときは彼女のことが嫌いだったんだ。でも彼女のことを悪く言うつもりはない。なぜなら、彼女はベアトリスにとってとてもいい母親だから。だから今は問題はないよ。」

「父が商業的すぎるのではないかと懐疑的になっていたこともある。でも今はすべて受け入れている。父がやっていることはすごい事だし、本物のロックンロールだ。」

「父とはすっかり疎遠になっていた。難しい時期だった。でも大人になるための過程だったんだと思う。僕は自立しなくてはならなかったし、母の死を悲しむ時間が必要だったんだ。」

「父とは長い間会っていなかった。数か月に一度くらい電話をすることはあったけれど、長い間顔を会わせることはなかったんだ。悲しい時期だったよ。」

そして転機は2007年に訪れる。ポールがヘザーとの離婚後に心臓の手術をしたときのことだ。ジェームスはサセックスの農場でこの世のものとは思えない光を目撃する。ジェームスはそれが母リンダだと感じたという。

「ドラッグはやっていたけど、あれはそれが原因じゃなかった。そのとき、僕は真っ暗な森の中に光を見た。そして思ったんだ。しっかりしなくては。僕はもう30才だ。こんな事を続けていてはいけない、と。」

「父は記者会見で少し不整脈があると言っていた。でもそれがきっかけで、父と少し話をするようになったんだ。父は今とても元気だけれど、父が僕にとってどれほど大切な存在かがそのときわかったんだよ。」

一方、ナンシーとはずっとうまくやれているようである。

「ナンシーは新しいお母さんだ。僕はそれを認めている。心からね。彼女はとても誠実な人だ。父が彼女と結婚する約1年ほど前から知っていたけど、彼女は誰よりも僕が夢を追うことを応援してくれた人の一人だ。彼女は僕を一人立ちさせたがっていたんだ。それに彼女は父をすごくハッピーな気分にさせてくれる。家族全員が彼女のことが大好きなんだよ。」


何不自由ないおぼっちゃま、ボンボンだとばかり思っていたが、彼は彼なりにいろいろとつらい時、苦しい時を通り抜けて今があるようだ。また息子がそのようになってしまったことに対するポールの苦悩も大変なものがあったにちがいない。結局何も問題がない順風満帆な人間など一人もいはしないのだな、と改めて感じ入ってしまった次第。そして、それでもな~んにも問題がないように“見える”ポールという人はやっぱりすごい。とんでもない大人物である。ジェームスがんばれよ~。

おおっと、今日はポール71才の誕生日でした。Happy Birthday Paul!!

参考:ジェームス・マッカートニー ニューアルバム: Me


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