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ポール・マッカートニー:偉大なる50年の軌跡  その8『英・米でチャート1位を獲得したシングル』

前回まではポールが過去50年間に発売したアルバムのチャート記録について見てきた。これからしばらくの間は、ポールがビートルズとソロの両方で発売したシングルのチャート記録について検証していこうと思う(出典はすべてウィキペディア)。

第1回目の今日は、本国イギリスとアメリカで1位を獲得したシングルについて。

尚、本記事ではポールの50年間に渡る音楽活動を10年ごとに区切り、以下の通り第1期~第5期という区分を設定している。(これは多分に便宜的なものである)  
   
第1期(1962年~1971年) 20代(20~29才)
第2期(1972年~1981年) 30代(30~39才)
第3期(1982年~1991年) 40代(40~49才)
第4期(1992年~2001年) 50代(50~59才)
第5期(2002年~2011年) 60代(60~69才)

第1期(1962年~1971年)20代
★イギリスで1位を獲得したシングル:17枚
『フロム・ミー・トゥ・ユー』『シー・ラヴズ・ユー』『抱きしめたい』『キャント・バイ・ミー・ラヴ 』『ア・ハード・デイズ・ナイト』『アイ・フィール・ファイン』『涙の乗車券 』『ヘルプ! 』『デイ・トリッパー / 恋を抱きしめよう』『ペイパーバック・ライター』『イエロー・サブマリン / エリナー・リグビー』『愛こそはすべて』『ハロー・グッドバイ』『レディ・マドンナ』『ヘイ・ジュード』『ゲット・バック』『ジョンとヨーコのバラード』
●アメリカで1位を獲得したシングル:21枚
『シー・ラヴズ・ユー』『抱きしめたい』『ラヴ・ミー・ドゥ』『キャント・バイ・ミー・ラヴ 』『ア・ハード・デイズ・ナイト』『アイ・フィール・ファイン』『エイト・デイズ・ア・ウィーク』『涙の乗車券 』『ヘルプ! 』『イエスタデイ』『恋を抱きしめよう』『ペイパーバック・ライター』『ペニー・レイン』『愛こそはすべて』『ハロー・グッドバイ』『ヘイ・ジュード』『ゲット・バック』『サムシング / カム・トゥゲザー』『レット・イット・ビー 』『ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード 』『アンクル・アルバート~ハルセイ提督』

第2期(1972年~1981年)30代
★イギリスで1位を獲得したシングル:1枚
『夢の旅人』
●アメリカで1位を獲得したシングル:6枚
『マイ・ラヴ』『バンド・オン・ザ・ラン』『あの娘におせっかい』『心のラヴ・ソング』『幸せの予感』『カミング・アップ』

第3期(1982年~1991年)40代
★イギリスで1位を獲得したシングル:2枚
『エボニー・アンド・アイボリー』『パイプス・オブ・ピース』
●アメリカで1位を獲得したシングル:2枚
『エボニー・アンド・アイボリー』『セイ・セイ・セイ』

第4期(1992年~2001年)50代
★イギリスで1位を獲得したシングル:0枚
●アメリカで1位を獲得したシングル:0枚

第5期(2002年~2011年)60代
★イギリスで1位を獲得したシングル:0枚
●アメリカで1位を獲得したシングル:0枚

ポールはイギリスで合計20枚、アメリカでは実に29枚ものシングルがチャートの1位に輝いている(ビートルズを含む)。しかしその獲得時期はイギリス、アメリカ共に最初の20年間に集中している。イギリスでは20曲中18曲が、アメリカでは29曲中27曲が最も脂の乗り切った20代、30代に記録されているのである。これはいかに天才ポール・マッカートニーといえども、シングルチャートで1位を獲り続けるということがどれほど難しいかを如実に示す数字といえるだろう。特にシングルの1位というのはアルバムとはまた違い、人気、実力、運などの要素に加え、その時代時代の大きな流れに乗ることができて初めて可能になることのように思われる。そういう意味ではビートルズというグループは、常にそれらの条件すべてが完璧に満たされていた真に稀有なるバンドであったと思うのである。

ビートルズ時代とソロ期を比較してみると、イギリスではビートルズ17枚に対しソロ3枚、アメリカではビートルズ20枚に対しソロ9枚という比率となる。アメリカでのソロ9枚が1位という数字は他の有名アーティストと比較しても大変に優れた記録であり、ファンとしてもまずまず納得のいくものだと思う。しかし、ビートルズ以降本国イギリスでは1位がわずか3枚にとどまっており、こちらは大いに不満が残るところではある。特に次々とキャッチーなポップチューンを量産し続けた1970年代(ポール30代)の1位獲得作品が『夢の旅人』たった1枚だけにとどまったというのは、個人的にも非常にショッキングな結果である。本国イギリスのアルバムチャートでは時代を問わず常に堅実な成績を残してきたポールであったが、ことシングルチャートに関しては意外なほど苦戦を強いられてきたといえるだろう。そして、その流れは現在に至るまで続いている。

ビートルズ時代の1位獲得曲については、プロローグでも述べた通りレノン‐マッカートニーのクレジットがされているものは、たとえジョンが単独で書いたと思われる曲であっても1曲としてカウントすることで統一した。

こと1位を獲得した作品に関しては、やはりなんといってもビートルズ時代の曲が傑出しているという事実を見逃すわけにはいかないだろう。特に『イエスタデイ』以降のビートルズ後期に、ポールの人生最良かつ最も重要な作品群が生み出されたという分析も可能であろうし、僕自身がそれを強く支持するものである。

以下の曲がビートルズ時代『イエスタデイ』以降にポールが単独で書いたと思われる楽曲であり、かつ英・米のどちらかでNo.1を記録したものである。極めてバラエティに富んだ超名曲ぞろいであることがわかる。この12曲にはポールの作り出す音楽すべての精髄が凝縮されているとさえ思えるほどだ。
『イエスタデイ』『恋を抱きしめよう』『ペイパーバック・ライター』『イエロー・サブマリン / エリナー・リグビー』『ペニー・レイン』『ハロー・グッドバイ』『レディ・マドンナ』『ヘイ・ジュード』『ゲット・バック』『レット・イット・ビー 』『ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード 』

最後に、イギリス、アメリカ共にシングルでの1位獲得は1983年を最後に完全に途絶えてしまっている。もう30年近くもポールは英・米のシングルチャートで1位を取っていないことになるわけだが、ポールが生きて現役を続ける限りまだまだ可能性はゼロではない。これはファンの見果てぬ夢の1つであろうが、個人的にも僕は再びポールの新曲が1位に輝く日がやって来ることを信じて疑わない。またそれを本当にやってしまうのがポール・マッカートニーという人だと思っている。


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