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ポール・マッカートニー:偉大なる50年の軌跡  その7『英・米で10位内に入らなかったアルバム PART3』

次にポールのアルバムが突然トップ10に入れなくなったのは、ひょっとしたらチャートの集計方法に変更が生じたためであったのか、という点について検証してみよう。結果から言うと、こちらも答えはノーである。というのも、ビルボードのアルバムチャートというのは純粋に「売上枚数」により決定されてきたという歴史があるからである(ウィキペディア)。もっとも現在ではダウンロードによる売上もカウントされているらしいが、少なくとも今ここで問題としている時代には全く関係がない。また、これがシングル・チャートとなると集計方法が全く異なるのだが、話がややこしくなるのでここでは触れない。

ということはつまり、ビルボードのアルバムチャートを素直に信用するならば、『パイプス・オブ・ピース』以降、ポールのアルバムは約15年間もの間なんらかの原因により実質的に“売れなくなってしまった”、ということになってしまう。だが、やはりそこには大きな疑問の余地が残るのである。

アメリカでのレコード売上枚数はRIAA(アメリカレコード協会)によって正式に認定される仕組みがある。アルバムについては50万枚以上売り上げたアルバムをゴールド・レコード、100万枚以上売り上げたアルバムをプラチナ・レコードとして認定している。(注:RIAAは出荷枚数を基準に認定を行っているため、語の厳密な意味における売上枚数ではない。またひと口にゴールドといっても50万枚でも、99万枚でもゴールドレコードとなるため、かなり曖昧な数字であるという一面も否めない。片やビルボードは独自の集計方法による実際の売り上げデータをもとにチャートを作成しているといわれる。ただ、いずれの場合も正確な売上枚数ではないことをここにお断りしておく。一般的にはRIAAは最も信頼できる認定機関として広く認知されている。)

さて、では実際に『パイプス・オブ・ピース』以降の売上枚数を見ていこう(ウィキペディア英語版より引用)。

『パイプス・オブ・ピース』…15位(1983)…プラチナ
『ヤア!ブロードストリート』…21位(1984)…ゴールド
『プレス・トゥ・プレイ』…30位(1986)…認定なし
『フラワーズ・イン・ザ・ダート』…21位(1989)…ゴールド
『オフ・ザ・グラウンド』…17位(1993)…ゴールド
『フレイミング・パイ』…2位(1997)…ゴールド
『ドライヴィング・レイン』…26位(2001)…ゴールド
『ケイオス・アンド・クリエーション~』…6位(2005)…ゴールド
『メモリー・オールモスト・フル』…3位(2007)…ゴールド

ご覧の通り、50万枚の認定を受けていないのは『プレス・トゥ・プレイ』ただ1枚のみなのである。あとは『パイプス・オブ・ピース』を除いてすべてのアルバムが50万枚以上の売り上げ(出荷枚数)をクリアしている。『パイプス・オブ・ピース』に至っては100万枚以上という大ヒットである。数字だけを見れば、これは実質1位にも値するものだと思うのだが、実際は10位にも入っていないのである。そして、かたや『フレイミング・パイ』はゴールドでありながら2位にまでなっている。ここが僕が何度もしつこく追及してきたポイントである。ビルボードは果たして本当に売り上げ枚数だけを基準にアルバムチャートを作成していたのだろうか?

答えはノーと言わざるをえない。絶対に売り上げ枚数以外の決定要因が存在したはずである。そうでなければファンの1人としてあの15年間のチャート低迷期を正当化することなどとうていできはしないのだ。怨念~(笑)。参考までに『パイプス・オブ・ピース』以前のアルバムはどうだったかというと、英米で1位を獲得した『タッグ・オブ・ウォー』はプラチナ、米3位を記録した『マッカートニーⅡ』はゴールド、それ以前のアルバムはほとんどがプラチナ以上の売り上げを記録し、『レッド・ローズ・スピードウェイ』に至ってはゴールド・レコードでありながらアメリカで1位になっている。

さらにもっと顕著な例を挙げよう。ポールのベスト盤『オール・ザ・ベスト!』はアメリカでダブル・プラチナ(200万枚以上)の認定を受けているのに、チャートではなんと最高位62位。このアルバムが1987年に発売されたことを考えると、やはり魔の15年間にこの現象は起こっているのである。200万枚以上も売れて62位なんて、どう考えたっておかしい。これはやはりシングルと同様にたとえばエアプレイなど、売り上げ以外の要因がかなりの割合で加味されていたか、さもなくば意図的なチャート操作(たとえば合衆国政府からの指導、勧告等)が働いていたとしか考えようがないのである。

最後の部分に関してはかなり胡散臭い話になってしまうので、ここではこれ以上憶測による検証を進めるのはやめにしておくが、今回調査を進める中で上記よりもさらに顕著な例を見つけたので例として挙げておこう。1982年に発売されたイーグルスの『グレイテスト・ヒッツVol.2』。このアルバムは現在までに“アメリカ国内だけで”1,100万枚以上のセールスを記録しているメガヒットアルバムである。売り上げ枚数だけでいえば上記ポールの『オール・ザ・ベスト!』などはとても比較にならないとさえいえるが、実はこのアルバムのビルボード最高位が52位なのである…。やはり売上枚数だけでチャートが決まっているとはどうしても思えないのだ。

というわけで、長々とアルバムチャートのトップ10に入れなかったアルバムについて見てきたが、15年間という長いグレーゾーンを経て、アメリカでも『フレイミング・パイ』以降は徐々にチャートの上位に顔を出すようになったのはファンとしては誠に喜ばしいかぎりである。特に2000年代に入り『ケイオス・アンド・クリエーション・イン・ザ・バックヤード』(2005年)以降、ポールは再びアメリカのチャートに本格的にカムバックを果たしたように見える。1位はまだ獲れていないが、再びトップ10の常連になりつつあるのはたしかだろう。

参考:
ケイオス・アンド・クリエイション・イン・ザ・バックヤード~裏庭の混沌と創造
イーグルス・グレイテスト・ヒッツ VOL.2


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