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ポール・マッカートニー:偉大なる50年の軌跡  その2『英・米でチャート1位を獲得したアルバム』

さて、それではまず初めにポールが10年ごとに本国イギリスとアメリカで1位を獲得したアルバムから見ていこう。(出典は全てWikipediaより)

第1期(1962年~1971年)20代
★イギリスで1位を獲得したアルバム:12枚
『プリーズ・プリーズ・ミー』『ウィズ・ザ・ビートルズ』『ア・ハード・デイズ・ナイト』『ビートルズ・フォー・セール』『ヘルプ!』『ラバー・ソウル』『リボルバー』『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』『ザ・ビートルズ』『アビイ・ロード』『レット・イット・ビー』『ラム』
●アメリカで1位を獲得したアルバム:15枚
『ミート・ザ・ビートルズ!』『ザ・ビートルズ・セカンド・アルバム』『ア・ハード・デイズ・ナイト』『ビートルズ '65』『ビートルズ VI 』『ヘルプ!』『ラバー・ソウル』『イエスタデイ・アンド・トゥデイ 』『リボルバー』『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』『マジカル・ミステリー・ツアー』『ザ・ビートルズ』『アビイ・ロード』『レット・イット・ビー』『マッカートニー』

第2期(1972年~1981年)30代
★イギリスで1位を獲得したアルバム:4枚
『バンド・オン・ザ・ラン』『ヴィーナス・アンド・マース』『スピード・オブ・サウンド』『マッカートニーⅡ』
●アメリカで1位を獲得したアルバム:5枚
『レッド・ローズ・スピードウェイ』『バンド・オン・ザ・ラン』『ヴィーナス・アンド・マース』『スピード・オブ・サウンド』『ウイングス・オーヴァー・アメリカ』

第3期(1982年~1991年)40代
★イギリスで1位を獲得したアルバム:3枚
『タッグ・オブ・ウォー』『ヤァ!ブロード・ストリート』『フラワーズ・イン・ザ・ダート』
●アメリカで1位を獲得したアルバム:1枚
『タッグ・オブ・ウォー』

第4期(1992年~2001年)50代
★イギリスで1位を獲得したアルバム:0枚
●アメリカで1位を獲得したアルバム:0枚

第5期(2002年~2011年)60代
★イギリスで1位を獲得したアルバム:0枚
●アメリカで1位を獲得したアルバム:0枚

※ビートルズ解散以降に発売されたビートルズのアルバムチャート記録は、ポールソロ期の成績がぼやけてしまうため、上記には入れずここに追記する。
ビートルズ解散後に発表されたビートルズ名義のアルバムで、チャート1位を獲得したものは以下の通り。

★イギリスで1位を獲得したビートルズ名義のアルバム:計4枚
『ライブ・アット・ザ・ハリウッドボウル(1977)』『ライブ・アット・ザ・BBC(1994)』『アンソロジー2(1996)』『1(2000)』
●アメリカで1位を獲得したビートルズ名義のアルバム:5枚
『ザ・ビートルズ1967-1970(1973)』『アンソロジー1(1996)』『アンソロジー2(1996)』『アンソロジー3(1996)』『1(2000)』

つまりビートルズのものも全てひっくるめると、ポールは過去50年間にイギリスで23枚、アメリカで26枚ものアルバムが1位を獲得していることになる。そして単純にポールのソロ期だけをカウントしても、イギリスで8枚、アメリカで7枚のアルバムが1位に輝いているのだから、これはもうポール単独でも大変に立派な数字である。調べたわけではないが、単独のアーティストとしてはこれだけで十分に世界のトップレベルといえるのではないだろうか。ただビートルズだけが凄すぎるのである。

上記のチャート成績/記録を見て思うことは、まず第1にビートルズ時代の記録というものがいかにすごいものであったかということ。第2にソロ期に関しては特にウイングス時代の記録が非常に優れたものであったということ。そして第3に50代以降、つまり20年以上もポールはアルバムがチャート1位を獲得していないということである。

1番目、2番目についてはまあ良しとして、特に3番目については、ファンとしては非常に悔しい思いがするのである。なぜか?それは20年以上もポールが1位を獲っていないというのは、とてもポール・マッカートニーらしくないことだからである。それでも作品の質自体がどうしようもなく落ち込んでしまったのであれば、まあ才能が枯渇してしまったのだとか、勢いがなくなってしまったのだとか、年令による衰えなのだとか、もっともらしい理由をつけることもできようものだが、そんなに簡単な話でもないから僕のようなオールドファンにとってはなおさらに悩ましいのである。

なぜなら、現実にはポールはコンスタントに良い作品を作り続けてきたからだ。

そして、これこそがまさにファン以外の一般大衆が最も理解していない点でもある。あまりにもビートルズ時代のポールの作品が際立っているがゆえに、ポールはある意味ビートルズで終わってしまったと思われているのである。ましてや2000年以降の作品など誰も聴こうとはしない。

だが実際に具体的な例を挙げるならば、『フラワーズ・イン・ザ・ダート』以降にポールがアルバムチャートで1位を獲れた可能性というのは最低でも3回か4回はあったのである。一つは『フレイミング・パイ』(米2位)のときであり、もう一つはベストアルバムだが『ウイングスパン』(米2位)のときであり、『ケイオス・アンド・クリエーション…』(米6位)のときであり、『メモリー・オールモスト・フル』(米3位)のときであった。(『メモリー・オールモスト・フル』のときには、その週の1位との実質的なセールス枚数の差はわずか数千枚であったと言われている。)

上記はいずれも作品の内容的には1位を獲ってもけっしておかしくない作品である。ただ、いかんせんヒットシングルがなかったことと、以前とは違いどうしても話題性に乏しかったり、プロモーション等の宣伝が十分でなかった事なども災いし、本当に僅差で1位を逃すという結果に終わってしまったのである。上記のうち、せめて1枚か2枚かでも1位になっていれば、世間のポールに対する評価というのもまた今とは違ったものになっていたかもしれない。

たとえばポールと同世代のアーティストとして、最近チャートで大カムバックを果たしたボブ・ディランという人がいる。彼は60年代、70年代にフォークの神様として一世を風靡し、ビートルズにも多大な影響を与えた偉大なシンガーソングライターであるが、彼もまたポールと同じく80年代以降はチャートの成績が振るわないという状況が長らく続いていた。ところが、2006年のアルバム『モダン・タイムズ』が突如としてビルボードアルバムチャートの1位に輝き、1976年の『欲望』から実に30年ぶりに全米1位を獲得するという離れ業をやってのける。そして続く『トゥゲザー・スルー・ライフ』では全米、全英共にアルバム1位となり、今や彼は完全に以前の「神のごとき威光」を取り戻したといえる状況にあるのである。僕自身はこの2枚のアルバムを聴き込んでいないので、アルバム自体の出来についてのコメントは差し控えるが、やはり事実として1位を獲るか獲らないかは、そのアーティストの評価に天と地ほどの違いをもたらすものなのだ。やはり「2番」ではダメだし、「3番」ではダメなのだ。

そういう意味では、本当に悔しい、今1度No.1が欲しいと思っているのは実はポール自身なのかもしれない。60年代、70年代にはあれほどいとも易々とNo.1アルバム、No.1シングルを量産していた彼が、まるで魔法にでもかかってしまったようにピタリと1位が獲れなくなってしまったのであるから。長年連れ添ったEMIからついに移籍が現実となってしまったのも、なにかしら新しい風を吹き込みたいというポール自身の意志の表われではないかと思ったりもする。

たとえポールがこのまま1位を獲れずに終わってしまったとしても、僕個人としては何も不平不満はないし、ここまでがんばって現役を続けてくれたポールにはただただ感謝の気持ちしか湧いてこないというのが偽らざる思いであり、本音である。ポールはこの50年間に僕たちファンに本当に彼の全てを与えてくれたのだから…。

だから「もう1度だけ1位を」というのは、ポール本人へのリクエストというよりはむしろ神への祈りというものに近いものがある(笑)。もしも、もう1つだけ願いが叶うならば…。ああ神様お願い…。

参考:
Amazon.co.jp ザ・ビートルズ・ストア
モダン・タイムズ
トゥゲザー・スルー・ライフ


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