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ポール、ジョージと彼の音楽について語る

最近ポールがジョージについて語ったインタビューの一部を抜粋、翻訳してお届けする。ジョージといえば、彼の伝記映画『リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』のプレミアが先日ロンドンで行なわれたばかり。プレミアにはポール、リンゴ、ヨーコ、ジョージ・マーティンなども顔を揃えたというが、プレミアの模様についてはまた記事を改めたい。

僕が知る限り、かつて(ビートルズ解散後の)ジョンとジョージは、インタビューなどでポールの事を手放しで褒めるような発言をしたことはほとんどなかったと記憶している。特にジョンなどはたまにポールを褒めることはあったものの、まさに毒舌ともいえるキツーイ発言を多く残している。ジョンに比べれば、ジョージの発言はかなり抑制はきいてはいるものの、やはり言葉の端々にトゲトゲしさを感じることが多かったものだ。

それらにくらべれば、ポールのジョンやジョージに対する発言というのは、たとえファンとしてのひいき目を差し引いたとしても、昔から彼ならではの気遣いや、優しさを感じることが多かったように思う。つまり人間として、そしてかつてのバンドメイトとしてポールはどんな時もジョンやジョージに最低限の敬意を払うことだけは忘れていなかったように思うのである。僕はポールのそういうところが好きだし、一人の人間としてやはり尊敬してしまう。以下のインタビューでも、ポールのジョージへの気持ちの深さを伺い知ることができる。


Q:ジョージがスタジオで果たしていた役割について知りたいんです。ジョージが持ち込んだことで何か特別な出来事、もしくは彼のおかげで曲が大きく変わるようなことはあったんですか?

ポール:ああ、もちろんさ。かなりあったね。すぐ頭に浮かんだのは僕が『アンド・アイ・ラヴ・ハー』を書きあげてきたときのことだ。それはほとんど完成していたんだけど、ジョージはそこに「♪ドゥ・ドゥ・ドゥ・ドゥ♪」(イントロのリフ)を付けたんだ。これはもう曲の一部と言ってもいいよね。有名なオープニング・リフだ。僕にしてみれば、それは曲に驚くような違いをもたらしてくれた。今この曲をやるたびにジョージがそれを考えついたときのことを思い出すんだ。あれがなかったら曲は全く違ったものになっていたと思う。

Q:ジョージは『アンド・アイ・ラヴ・ハー』でクラシックのナイロン弦ギターを弾いていましたよね。彼がアンドレス・セゴビアに少し興味を持っていたのを思い出したんですが、思い当たるふしはありますか?

ポール:「少し」っていう表現はどうかな。僕たちはとにかくギターに夢中で、あれこれ区別しなかったから。スパニッシュ・ギターであれ、クラシックギターであれ、グレッチ、フェンダー、ギブソンであれ、ある意味なんでも大好きだったからね。まるで夢のようだったよ。あたかもサンタの洞窟を歩いているようだった。はっきり覚えていることがあるんだ。それは僕がピート・ベストのお母さんが経営していたカスバクラブにいたときだった。ジョージが入ってきてこんなに長~い長方形の箱を開けたんだ。それはギターケースだった。僕たちはそこにまさかギターが入っているなんて思いもしなかった。今では全く当たり前になってしまったけど、それまではギターの形をしたケースしか見たことがなかったんだ。さて中に入っていたのはフェンダーだったかもしれないし、安物のコピーだったかもしれない。でも、最高にカッコ良かったんだよ。ピカピカに光ってた。そういった瞬間はとても貴重だね。僕たちは種類を問わずギターが大好きだったんだよ。

ジョージと僕はJ.S.バッハ風のちょっとした遊びをよくやっていた。たぶんフーガかなんかだと思う。全部は知らないんだけど、最初のさわりだけを少し習ったんだ。残りは僕たちが作った。それが面白かったのは、当時僕たちがやっていたことよりも難しかったからだ。いい練習になったよ。というのも、全く違う2つのラインを同時に弾くからなんだ。一人はメロディーラインを弾き、もう一人はたとえばベースのような全く別のラインを弾くといった具合にね。今コンサートの観客にはそれが『ブラックバード』の始まりになったと話しているよ。曲は違うけれど、そのスタイルを拝借したとね。ベースのメロディと高音のメロディを一本のギターで弾くことで『ブラックバード』を作ったんだ。ジョージと向かい合って座り、このバッハ遊びをしたことをよく覚えているよ。それはパーティー芸のようなものだった。オレたちはこんなことだってできるんだぞ、すごいだろ、てなわけだ。何を聞かれていたんだっけ?そうそう、たしかに僕たちはクラシックのギタリストを意識していた。僕はイギリスのクラシック・ギタリスト、ジュリアン・ブリームの大ファンだったし、たぶんジョージもそうだったと思う。

Q:45年間ずっと聞きたかったことがあるんです。『アンド・ユア・バード・キャン・シング』でギターリフを弾いているのはあなたとジョージなんですか?

ポール:僕とジョージがハモって弾いてると思う。そういうのは当時よくやってたから。あれはハーモニーリフなんだ。僕のバンドのギタリスト、ラスティともその事について話したことがある。そしたら彼、「へえ~、そうだったんですか!」って言ってたよ。ジョージと僕でメロディラインを作り、僕がハーモニーを作る。そして、それを組み合わせる。『アンド・ユア・バード・キャン・シング』の時もそんな感じだった。あれはジョージと僕が二人でエレキギターを弾いているよ。二人で、ライブでね。あれは二人で一緒に弾いたほうが簡単なんだよ、マジでね。それもまた僕たちの小技の一つだね。

Q:ジョージの作品の中で、最初に感心した曲はどれですか?

ポール:『ドント・バザー・ミー』までは、彼がスタジオに曲を持ち込んだことはなかったんだ。でも、そのときは皆で本当にいい曲だと思ったよ。そのあと『イフ・アイ・ニーデッド・サムシング』で・・・

Q:『イフ・アイ・ニーデッド・サムワン(恋をするなら)』ですか?

ポール:『イフ・アイ・ニーデッド・サムワン』・・・そうそう、『サムシング』は別の曲だった。ごっちゃになっちゃったよ(笑)。僕はそれが最初かなと思う。それから彼は『サムシング』と『ヒア・カムズ・ザ・サン』でトップクラスに入り、今やスタンダードの作曲家の一人だね。

Q:ジョージが『ホワイト・アルバム』までに書きためていた曲が多くなってしまったことは、彼のビートルズに対する不満につながったと思いますか?

ポール:うん、その可能性はあるね。彼が『オール・シングス・マスト・パス』をまるで下痢のようだと話していたのを覚えているよ。それはため込んだ物はいずれ出さなくてはならない、という彼流の気を使った表現だったんだ。僕ならそんな表現はしないけどね(笑)。でも彼の言わんとするところはわかるよ。彼はたとえば『イズント・イット・ア・ピティ』のようなすごい曲をどんどん書けるようになっていた。僕たちと一緒に作った『ウイズイン・ユー・ウイズアウト・ユー』のような曲は西洋のレコーディング史にとって画期的な出来事だったし、『ノルウェーの森』のシタールは、間違いなく西洋音楽に多大な影響力を与えた。『ジ・インナー・ライト』も美しい曲だ。

ひょっとしたらジョージは外されたような気分になっていたかもしれない。でも、1枚のアルバムには限られたスペースしかなかったんだ。僕たちが作っていた頃のアルバムはたったの40分しかなかったことを思いだしてほしい。そして、ジョンと僕はなんというか……いい曲を書いていたし、リンゴにも1曲は空けておかなくてはならなかった。だから、ジョージが望んだほどのスペースは残っていなかったかもしれない。だけど、すべての希望を叶えることはできないんだよ。僕たちはビートルズとして活動していたし、ただビートルズの一員であるということだけで最高だったし、凄いことだったからね。だから各個人が望んでいた通りに事が運んでいなかったとしたら、それは……それはただ残念としか言いようがないよね。なぜなら、起こったことがあまりにもすばらしかったから。僕はジョージがビートルズでやったことはとんでもなく凄いことだったと思っているよ。


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