ポールのアルバム:“Give My Regards to Broad Street(ヤア!ブロード・ストリート)” その2

『ヤア!ブロード・ストリート』は意外(?)にも本国イギリスでアルバムチャートの1位に輝いている。カウントの仕方にもよるが、ポールはこれまでにイギリスで8枚のアルバムが1位になっている。個人的には『レッド・ローズ・スピードウェイ』や『ロンドン・タウン』、『バック・トゥ・ジ・エッグ』などが1位になっていないのに、このアルバムが1位になっているというのはかなり不満である(笑)。実際、現在『ヤア!ブロード・ストリート』をポールのベストアルバムの1枚に挙げるようなファンはほとんどいないだろう。しかし当時は、ポールの初監督映画という話題性、そして先行シングル『ひとりぼっちのロンリー・ナイト(No More Lonely Nights)』の大ヒット(全英2位)もアルバムチャートの順位を押し上げる大きな要因になったと思われる。
さて問題はこの『ひとりぼっちのロンリー・ナイト』である。なにが問題かというと、この曲の出来があまりにもすばらしすぎるのだ。ヴォーカル、演奏、アレンジ、プロデュース、適度な緊張感、そして録音のクオリティ。どれをとってもほぼ完璧な作品に仕上がっている(けっしてビートルズに負けない作品の一つだと僕は信じている)。80年代以降のポールが、もしもこのレベルの作品の質を維持できていたならば、彼の名声はさらに高まっていたのではないか、などと僕はつい夢想してしまうほどだ。それぐらいこの曲はアルバム全体の中でもひときわ特別な輝きを放っている。
この曲ですばらしいリードギターを披露しているデヴィッド・ギルモアによれば、『ひとりぼっちのロンリー・ナイト』はアルバムの中で一番最後に録音された曲ということである(もしこの曲がなかったら映画はどうなっていたのだろうか?)。面白いのは、この曲のプロデュースを担当しているのはこのアルバムの他の曲と同じく御大ジョージ・マーティンということだ。アルバム『タッグ・オブ・ウォー』で完璧なプロデュースを見せつけたかと思えば、次の『パイプス・オブ・ピース』ではややチグハグな作品という印象を残していた彼の仕事ぶりであったが(注:個人的な感想です)、ポールとの夢のゴールデンタッグも本作でひとまず終了という段になってまた一つ後世に残る宝石を残してくれたという気がする。
結局何が言いたいのかというと、『ひとりぼっちのロンリー・ナイト』という曲は、完全にソロになったポールが新たなサウンドの地平を切り開くための、ひとつの“基準”となるべきサウンドではなかったのか、ということである。少なくとも僕はあのサウンドの路線でアルバムを1枚か2枚は出してほしかったと思うのである。もっと具体的に言えば、名うてのスタジオ・ミュージシャンを起用してのプロフェッショナルなサウンド作りとでも言えようか…。
ポール・マッカートニー・・・リード・ヴォーカル、ピアノ
リンダ・マッカートニー・・・バッキング・ヴォーカル
エリック・スチュワート・・・バッキング・ヴォーカル
デヴィッド・ギルモア・・・ギター
ハービー・フラワーズ・・・ベース
アン・ダッドリー・・・シンセサイザー
スチュアート・エリオット・・・ドラムス
ポールが本職のベースさえも明け渡して生み出された完全無欠のサウンドは、ある意味ポールらしくないともいえるものだが、それはやはり圧倒的な力量で聴く者の耳に迫りくる。ギルモアのギターは言わずもがな、スチュアート・エリオットのパンチのきいたドラムス、曲の後半に重要なアクセントとなるアン・ダッドリーのシンセサイザーなどはとにかくすばらしいのひと言だ。見落としがちだが、この曲におけるリンダのコーラスのすばらしさも忘れてはならない。
アルバムの2曲目からはポール自身によるセルフカバーの曲が続く。『グッド・デイ・サンシャイン』、『イエスタデイ』、『ヒア・ゼア・アンド・エブリホエア』、『ワンダーラスト』、『ボールルーム・ダンシング』。どれもポールの定番ソングといえるものばかりだが、その出来はどちらかといえば平凡というのが僕の正直な感想である。最新DVD『ワン・ハンド・クラッピング』で改めて確認されたポール往年の超絶ヴォーカル・パフォーマンスも、この頃にはやや鳴りを潜めているという印象は拭えない。しかし、『ボールルーム・ダンシング』ではあのレッド・ツェッペリンのベーシスト、ジョン・ポール・ジョーンズが参加しているのだが、ほとんどその存在が感じられないのはなんとも惜しい気がする。僕は今まで彼が参加したのは『心のラヴ・ソング』とばかり思っていたのだが、あの派手なベース・パフォーマンスはどうやらルイス・ジョンソンだったようだ(この人すごいプレイヤーだそうです)。
『心のラヴ・ソング』は新しいアレンジでなかなか聴きごたえのある仕上がりになっていると思う。しかも、ゲスト・ミュージシャンに前述のルイス・ジョンソンをはじめ、TOTOのスティーヴ・ルカサー(ギター)とジェフ・ポーカロ(ドラムス)を迎え、非常に豪華なラインナップとなっていることも特筆に値する。
続いて、映画では倉庫の演奏シーンで使われた『悲しいバッド・ボーイ』、『ソー・バッド』、『ノー・バリュース』の3曲。これらのライブに限りなく近いパフォーマンスのすばらしさは「その1」でも述べた通り。ポールのソロ・キャリアの中でも忘れてはならない瞬間の一つに数えられるだろうと思う。特にデイヴ・エドモンズとクリス・スペディングはカッコイイし、ウマい。
そして再びビートルズのセルフ・カバー2曲が続く。『フォー・ノー・ワン』、『エリナー・リグビー』。実はポール自身によるビートルズのセルフ・カバー曲は、ライブも含めあまり出来のよいものは少ないのであるが、これら2曲については個人的に大変高い評価をしている。後述する『ロング・アンド・ワインディング・ロード』を含め、数少ない成功例だと思っている。また、ほとんど無視されてはいるが、『エリナー・リグビー』に続く『エリノアの夢』は、さながら絵画を見るかのような意欲作で、ポールがのちにクラシック音楽を手がける先駆けともいえる作品ではないかと思う。これもおそらくジョージ・マーティンがいなければ生まれ得なかった作品なのかもしれない。
『ロング・アンド・ワインディング・ロード』は映画の中で最も印象的なシーンの一つに使われている。夜の街(ロンドン?)をポールが車に乗って走るシーンである。このカヴァー・バージョンの出来がすばらしい。イントロにはまさかのサックスを使用。実に思い切ったアレンジで初めて聴いたときには度肝を抜かれたものである。しかし結果的に単なる意外性だけではない、もうひとつの『ロング・アンド・ワインディング・ロード』を作り出すことに成功している。ポールにしては珍しくしっとりとした都会的な仕上がりとなっており、この曲も『ひとりぼっちのロンリー・ナイト』と同じく実力派のスタジオ・ミュージシャンたちを起用し、それが見事にはまった数少ない成功例といえるだろう。
最後は映画のエンドロールに使われていた『ひとりぼっちのロンリー・ナイト』のプレイアウト・バージョン(こちらも出来は見事)。そして、アンコール(?)に『グッド・ナイト・プリンセス』でアルバムの幕が閉じられる。僕は昔からジャズっぽい雰囲気がたっぷりの、この『グッド・ナイト・プリンセス』が大好きで、どうしてこの曲が全くといいほど軽視され続けているのかが不思議で仕方がない。まさに隠れた名曲なのである。
好きな曲ベスト5
1.『ひとりぼっちのロンリー・ナイト』(バラード編)
この曲がなかったなら、映画はどうなっていたのだろうか…。まさにポール・マッカートニーここに在りの名曲。
2.『ロング・アンド・ワインディング・ロード』
オリジナルから14年の時を経て、名曲が生まれ変わった。渋い。
3.『悲しいバッド・ボーイ』
バンドとしての乗りの良さ、楽しさが伝わってくる曲。
4.『グッド・ナイト・プリンセス』
ポールはこんな曲も書けるのである。すごい。
5.『ひとりぼっちのロンリー・ナイト』(プレイアウト編)
ポールがほぼすべての楽器を担当。マルチプレイヤーの面目躍如だ。