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ポールのアルバム:“Pipes of Peace(パイプス・オブ・ピース)” その1 - Macca Go Go Go! ポール・マッカートニーファンブログ・・・プラス!PLUS!+!

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ポールのアルバム:“Pipes of Peace(パイプス・オブ・ピース)” その1




『パイプス・オブ・ピース』は不思議なアルバムである。なぜなら、このアルバムには2枚もの大ヒットシングルが含まれているにもかかわらず、アルバム自体のチャート成績が全くといっていいほど振るわなかったからである。

『セイ・セイ・セイ』 全米1位(6週間)、全英2位
『パイプス・オブ・ピース』 全英1位(2週間) [注:アメリカでは『ソー・バッド』のB面としてシングルカットされ最高位23位] 

過去幾多の例を見てもわかる通り、全米もしくは全英でNo.1を獲得したシングルが含まれているアルバムというのは、ほぼ例外なくベストセラーを記録し、チャート上位に食い込んでいる。なぜなら、シングルヒットはアルバムの売り上げに絶大な相乗効果をもたらすからだ。これはポールでいえば、『スピード・オブ・サウンド』が最もわかりやすい例だろう。このアルバムには5週間全米1位(全英2位)を記録した『心のラヴ・ソング(Silly Love Songs)』と、全米・全英3位を記録した『幸せのノック(Let 'em In)』という2大シングルが含まれている。そのおかげで、アルバム全体としての出来がファンの間では比較的低評価なのにもかかわらず、全米アルバムチャートでは合計7週間もの間1位を獲得することとなった。

アルバム『パイプス・オブ・ピース』には『心のラヴ・ソング』を超える6週間も全米1位を獲得した『セイ・セイ・セイ』と、ポールとしては珍しくイギリスでNo.1を獲得したアルバム同名タイトル曲が含まれているのだから、内容的には『スピード・オブ・サウンド』と同等かそれ以上と考えてよいはずなのだ。

しかし、実際のチャート記録を見ると、アルバム『パイプス・オブ・ピース』は全米最高位15位、全英最高位4位に終わっている。

イギリスでの成績はまだしも、アメリカではトップ10にさえ入れなかったのだから不思議である。結果的に『パイプス・オブ・ピース』はポールがビートルズ解散以降に発表したアルバムの中で、初めてトップ10にチャートインできなかった作品となってしまったのだった(それまでは『ワイルド・ライフ』の全米10位が最低)。しかも、そのアルバムから2枚のNo.1ヒットが生まれているとなると…。そこに僕はなにかしらアメリカ側の意図的な情報操作なり、悪意のこもった策略といったものを思い浮かべざるを得ないのである。

『パイプス・オブ・ピース』…『平和の笛』…
平和を声高に歌う者に対する言論封殺…(ちょっと大袈裟かな?)

だが実際『パイプス・オブ・ピース』以降、アメリカにおけるポールのアルバムチャート記録は急激に下降線をたどることとなる。

以下すべて米ビルボード・チャート最高位
1984年『ヤア!ブロード・ストリート』 21位 (全英1位)
1986年『プレス・トゥ・プレイ』 30位 (全英8位)
1989年『フラワーズ・イン・ザ・ダート』 21位 (全英1位)
1993年『オフ・ザ・グラウンド』 17位 (全英5位)
1997年『フレイミング・パイ』 2位 (全英2位)

それぞれイギリスでの記録と比較すればその違いがよくわかるだろう。イギリスではそのすべてがきっちりトップ10にチャートインしているのである。ところがアメリカはというと…。これが、ビートルズ解散以降11作連続で全米トップ10にアルバムを送り込んだ同じアーティストの記録と思えるだろうか?そして、ポールが再び全米アルバムトップ10に返り咲くのは1997年発売の『フレイミング・パイ』(最高位2位)まで、『タッグ・オブ・ウォー』から数えると実に15年という年月を待たなくてはならなかったのである。

これを僕はアルバム『パイプス・オブ・ピース』から突如として始まったアメリカ音楽業界におけるポールのチャートバッシングと呼びたいと思う。つまり何らかの圧力により、ある一定期間ポールのチャート記録は意図的に歪められた可能性が極めて高いのである。

その証拠として、もう一つのデータをお見せしよう。全米におけるアルバムの正式な売り上げ枚数を示すRIAA(アメリカレコード協会)認定のデータである。

1983年『パイプス・オブ・ピース』 プラチナ・アルバム(100万枚以上)
1984年『ヤア!ブロード・ストリート』 ゴールド・アルバム(50万枚以上)
1986年『プレス・トゥ・プレイ』 認定なし
1989年『フラワーズ・イン・ザ・ダート』 ゴールド・アルバム
1993年『オフ・ザ・グラウンド』 ゴールド・アルバム

つまり『プレス・トゥ・プレイ』を除き、上記すべてのアルバムが50万枚以上のセールスが認定されているのである。売り上げ枚数とチャート記録は必ずしもイコールにはならないだろうが、大きな相関関係があることだけはたしかだろう。特に『パイプス・オブ・ピース』はアメリカだけで100万枚以上も売れているのである!では過去にトップ10に入ったポールのそれ以前のアルバムについてはどうだろう?そのすべてがプラチナ・アルバムかと思いきや、実はそうでもなかった。『ラム』、『レッド・ローズ・スピードウェイ』、『マッカートニーⅡ』の3枚はゴールド止まりなのである。ミステリーはますます深まるばかりだ…。

100万枚も売れて、2枚のNo.1シングルを出したアルバムのチャート最高位がたったの15位とは…。解せない…。ファンとしてはどうしても解せないのである。そういう意味では『パイプス・オブ・ピース』というアルバムは、ひょっとしたら史上最も不遇なアルバムということになるのかもしれない。(その2に続く)


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