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ポールのアルバム “Tug Of War(タッグ・オブ・ウォー)” - Macca Go Go Go! ポール・マッカートニーファンブログ・・・プラス!PLUS!+!

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ポールのアルバム “Tug Of War(タッグ・オブ・ウォー)”




このアルバムが発売された1982年当時、各方面からはその出来のよさを絶賛する声が巻き起こっていたのだが、僕はといえば、「ポールの実力からすればこれぐらいのアルバムはごく普通でしょ」、などとなまいきなことを考えていたものだ。要するにまだまだケツの青いガキだったのである。だが、今改めて聴き直してみると、やはりこのアルバムのクオリティの高さは尋常ではなかったことに気づかされてしまう。この作品は不世出の天才アーティスト、ポール・マッカートニーが“本気”でアルバム作りに取り組んだ数少ない(?)作品の一つに数えられると思う。

結果的にこのアルバムはポールの音楽活動における重要な(ひょっとすると最大の)ターニングポイントとなった。なぜならば、このアルバムは偉大なるジョン・レノンの死を境にして発表された作品だからである。

日本におけるあの忌まわしい「大麻事件」後、ポールは一時マスコミから姿を消したが、ソロアルバム“McCartney Ⅱ(マッカートニーⅡ)”の発売を挟みつつ、ポールはウイングスとしての再活動を虎視眈々と伺っていた。実際、このアルバムのレコーディング・セッションは、プロデューサーにジョージ・マーティンを迎え、ジョンが亡くなる約2か月ほど前の1980年10月に開始されている。

だが、その年の12月8日、突然の悲報と共にレコーディング・セッションは中止を余議なくされてしまう。ジョンが永遠に帰らぬ人となってしまったのだ。

ジョン・レノン追悼の波が世界中を席巻する中、ポールは翌年の1981年2月にこのアルバムのレコーディングを再開した。しかし、この出来事を機にポールの音楽活動は大きく様変わりしてしまう。まず、正式に発表はしなかったものの、ライブ活動の無期限中止が明らかとなった。1人の狂人によってもたらされた痛ましいジョンの死は、ポールに無防備な状態でステージに上がることを思いとどまらせるには十分すぎるほどの衝撃を与えたのだ。そして、僕たちファンもまた同じ気持ちだった。なにも生命の危険を冒してまで、ステージに上がる必要はないと…。

また同時に、ライブ活動の中止は、ウイングスというバンドの終焉をも意味していた。2000年以降のの活動を見てもわかる通り、世界有数のマルチ・プレイヤーのポールにとって、アルバムのレコーディングにバンドの存在は必須ではなかった。少なくとも当時は、ウイングスというバンドを存続させることよりも、レコーディング作業に新たな風を吹き込むことをポールは選択したのだと思う。というわけで、ウイングスはいわば自然消滅的に、いとも簡単に僕たちの前から姿を消してしまったのだった。

当時はまだまだポールといえば軟弱(笑)というイメージがついて回っていたものだが、それでも70年代後半以降のウイングスは日本でもかなり人気があった。ポールといえばウイングスという図式もしっかり定着していた。それだけに、ウイングスの解散に複雑な思いを抱いていたファンもけっして少なくはなかったはずだ。

僕はといえば、二度とポールをステージ上で見ることはできないかもしれぬ、という恐れにもにた感情を抱きつつも、ソロ・アーティストとしてのポールの新たな旅立ちに興奮を覚えていた。実際、ポールはウイングスでバンドとしてやれることをほぼやり尽くしていた感があったのもまた事実であろう。60年代のビートルズ、70年代のウイングス、そして80年代はソロとして、ポールは新たな段階に足を踏み入れつつあるかに見えた。(実際にはスランプといってもよい時期に足を踏み入れることになるのだが…)

さて、アルバムに話を戻そう。そんなわけで、一部でデニー・レインが参加してはいるものの、このアルバムはもはやウイングスではなく、完全にソロ・アーティスト、ポール・マッカートニー単独の作品として完成した。そして、ポールとしては初めて複数の大物ミュージシャンたちと共演を果たした意欲作でもある。それまでのポールは、どちらかといえば他のミュージシャンたちとの交流を意識的に避けているようなふしがあったのである。中でも最大の呼び物として話題となったのはスティービー・ワンダーとの共作、共演であったが、それ以外にもカール・パーキンス、スティーヴ・ガッド、スタンリー・クラーク、エリック・スチュワート、デイヴ・マタックスなどそうそうたるメンバーがこのアルバムに花を添えている。おっと、もちろん我らがリンゴ・スターの参加も忘れてはなるまい。

そして、いみじくもこれらの豪華共演陣とのレコーディングを陰から支え、ポールの精神的支柱ともなったのが、プロデューサーのジョージ・マーティンであった。ポールが円熟期にジョージ・マーティンと再びタッグを組みこのアルバムを制作したのは、僕にとってみれば1つの夢がまた現実になったかのような圧倒的な爽快感を与えてくれたものだ。特に二人が肩を並べ仲良くカメラに収まったツーショットの写真に心癒されたはファンはきっと僕だけではなかっただろう。二人が深い悲しみを振り払うかのように、レコーディングにただひたすら没頭する姿が目に浮かぶ。彼らがレコーディングを比較的早く再開したのも、きっとどうしようもなく何かをせずにはいられなかったからにちがいない。音楽は彼らにとって最大の癒しだったのだ。

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ポールが「本気」になるとき、まちがいなくスゴイものが生まれる。問題は彼がほんとの意味で「本気」になることが割と少ないことである。こんなことを僕が言うのは大変に失礼なのは承知しているのだが、長年ポールの音楽を聴いてきて素直にそう思う。ポールが本気になることは少ない。しかし、この「タッグ・オブ・ウォー」だけは、ポールが本当に本気で作ったアルバムなのだ。

最後にこのアルバムは全世界で大ヒットし、チャート面では英米共にNo.1になった最後のアルバムとなった(悲し~)。特にアメリカではアルバムが過去28年間No.1になっていない。だがボブ・ディランだってがんばっている。ポールにだってまだまだチャンスはあるはず。今後に期待しよう!

好きな曲ベスト5
1.“Wanderlust(ワンダーラスト)”
  文字通りビートルズにも匹敵する美しい名曲。

2.“Take It Away(テイク・イット・アウェイ)”
  スティーヴ・ガッドとリンゴのツイン・ドラムスが心地よい。これもビートルズに負けないポップチューン。

3.“Somebody Who Cares(サムボディ・フー・ケアーズ)”
  ありそうでいて、実はポールには珍しい曲調。メロディーだけで泣ける。中間部のギターソロもグッド。

4.“Dress Me Up As a Robber(ドレス・ミー・アップ・アズ・ア・ラバー )”
  スパニッシュ・ギターとポールのファルセット・ボイスが印象的。ポールはこんな曲も書けるのだ。すごい。

5.“Ebony And Ivory(エボニー・アンド・アイボリー)”
  ヒットしすぎてしまったが、やはり名曲。スティービー味あるねえ~。

参考:Tug of War [Original recording remastered] [Import] [from UK]


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