ポール・マッカートニー:偉大なる50年の軌跡  その11『ポールが作った曲PART2』 - Macca Go Go Go! ポール・マッカートニーファンブログ

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ポール・マッカートニー:偉大なる50年の軌跡  その11『ポールが作った曲PART2』

前回はポールのデビューから最初の10年間に彼が作った曲について確認した。曲数はカウントの仕方しだいで多少の誤差は出るだろうが、ともかく当ブログでは125曲という結果が出た。細かい数にこだわり出すといつまでたっても先に進めないので、ここはひとまず「ポールは最初の10年間に約120曲ほどの曲を作り、そして公式に発表した」という言い方をしておきたいと思う。

というわけで前回に引き続き、今回はポールが第2期(1972年~1981年)/30代(30~39才)の10年間に作曲し、そして公式に発表した曲に焦点を当ててみたい。実際の曲目については以下を参照していただくことにして、曲数については107曲という結果が出た。第一期の125曲と合わせれば、ポールは最初の20年間で実に232曲もの曲を作り、そして公式発表したということになる。平均すれば1年あたり約11.6曲となり、これは11曲入りのアルバムを20年間毎年1枚ずつコンスタントに出したに等しい数である。そう考えれば、この数字はかなり(いや相当)多いということがわかるだろう。

尚、第2期(1972年~1981年)のアルバムの多くはこれからアーカイブ・コレクションの発売が控えており、公式発表曲が現在の107曲から上乗せされることは確実である。おそらく最終的には第1期の125曲と同等か、ひょっとしたらそれ以上の数になるかもしれない。このあたりも本特集記事を通して今後の動向を見守ってゆきたい。

いずれにしろ、ポールの創作力が最もアクティブだったと思われる最初の20年間についてある程度の目安となる数字がはじき出されたわけで、これは僕個人にとっても非常に意義深いものがあった。これから先の結果も楽しみなのである。


1『アイルランドに平和を』、2『アイルランドに平和を(インストゥルメンタル)』、3『メアリーの子羊』、4『リトル・ウーマン・ラヴ』、5『ママズ・リトル・ガール』、6『ビッグ・バーン・ベッド』、7『マイ・ラヴ』、8『ゲット・オン・ザ・ライト・シング』、9『ワン・モア・キッス』、10『リトル・ラム・ドラゴンフライ』、11『シングル・ピジョン』、12『ホエン・ザ・ナイト』、13『ループ』、14『ホールド・ミー・タイト』、15『レイジー・ダイナマイト』、16『ハンズ・オブ・ラヴ』、17『パワー・カット』、18『ザ・メス』、19『ハイ・ハイ・ハイ』、20『Cムーン』、21『007死ぬのは奴らだ』、☆22『アイ・ライ・アラウンド』、23『ヘレン・ホイールズ』、24『カントリー・ドリーマー』、25『バンド・オン・ザ・ラン』、26『ジェット』、27『ブルーバード』、28『ミセス・ヴァンデビルト』、29『レット・ミー・ロール・イット』、30『マムーニア』、★31『ノー・ワーズ』、32『ピカソの遺言』、33『1985年』、34『ズー・ギャング』、35『ジュニアズ・ファーム』、36『サリー・G』、37『ヴィーナス・アンド・マース~ロック・ショー』、38『歌に愛をこめて』、39『幸せのアンサー』、40『磁石屋とチタン男』、41『ワインカラーの少女』、☆42『遥か昔のエジプト精神』、43『コール・ミー・バック・アゲイン』、44『あの娘におせっかい』、45『トリート・ハー・ジェントリー~ロンリー・オールド・ピープル 』、46『ランチ・ボックス~オッド・ソックス 』、47『マイ・カ-ニヴァル 』、48『幸せのノック』、☆49『君のいないノート』、50『僕のベイビー』、51『愛の証し』、52『心のラヴ・ソング』、☆53『クック・オブ・ザ・ハウス』、☆54『マスト・ドゥ・サムシング』、55『サン・フェリー・アン』、56『やさしい気持』、57『ブリッジ・オーバー・ザ・リヴァー・スイート』、58『ソイリー』、★59『夢の旅人』、60『ガールズ・スクール』、61『たそがれのロンドン・タウン』、62『セーヌのカフェ・テラス 』、63『アイム・キャリング』、64『なつかしの昔よ』、65『カフ・リンクをはずして 』、66★『チルドレン・チルドレン』、67『ガール・フレンド』、68『別れの時』、69『幸せの予感』、70『伝説のグルーピー』、★71『子供に光を』、72『ネーム・アンド・アドレス』、73『ピンチをぶっ飛ばせ』、★74『モース・ムースとグレイ・グース 』、75『グッドナイト・トゥナイト』、76『デイタイム・ナイトタイム・サファリング』、77『レセプション』、78『ゲッティング・クローサー』、79『今宵楽しく』、80『スピン・イット・オン』、81『オールド・サイアム・サー』、82『アロウ・スルー・ミー』、83『ロケストラのテーマ』、84『君のために』、85『アフター・ザ・ボール~ミリオン・マイルズ 』、86『冬のバラ~ラヴ・アウェイク』、87『ブロードキャスト』、88『ソー・グラッド』、89『ベイビーズ・リクエスト』、90『ワンダフル・クリスマスタイム』、91『カミング・アップ』、92『テンポラリー・セクレタリー』、93『オン・ザ・ウェイ』、94『ウォーターフォールズ』、95『ノーボディ・ノウズ』、96『フロント・パーラー』、97『サマーズ・デイ・ソング』、98『フローズン・ジャパニーズ』、99『ボギー・ミュージック』、100『ダークルーム』、101『ワン・オブ・ディーズ・デイズ』、102『ブルー・スウェイ』、103『チェック・マイ・マシーン』、104『 ボギー・ウォブル』、105『シークレット・フレンド』、106『ミスター・H・アトム / ユー・ノウ・アイル・ゲット・ユー・ベイビー 』、107『オール・ユー・ホース・ライダーズ / ブルー・スウェイ 』


さて、ざっと第2期の楽曲を第1期のそれと比べて俯瞰してみると、たしかにビートルズ時代に生み出した名だたる名曲群にはかなわないという印象は否めないものの、長年彼の作品を聴き続けてきた僕にしてみれば、第2期の楽曲にはビートルズの曲にはない独特の親しみと愛着を強く感じる曲がとても多いというのが実感である。実際ビートルズの曲よりもずっと深く聴き込んだ曲というのがこの第2期の曲の中にはたくさん含まれている。世間一般の評価とは異なり、僕にとっては第1期の曲が第2期の曲よりも飛びぬけて優れている、というようなことは全くない。せいぜいが頭一つ抜けているかな、といった程度だ。つまりポールの魅力というのは、ヒット曲とか有名な曲とかいう尺度ではけっして測りえない側面があるということなのである。これはファンが一番よく知っていることで、ポールの音楽を上っ面だけで判断してきた人たちはなんとまあ大きな宝物を取り逃してきたものだ、などとしみじみ思ったりもするわけである(最後は一ファンの独り言デス(笑))。

それともう一つ忘れてはならないのは、驚異的な曲のバリエーションの豊かさであろう。本当に驚くほどいろいろなパターンの曲を書いているし、またそれらを何の問題もなく自分のものにしてしまっている。あえてオーバーな表現をさせていただくなら、それはあたかも「全ての音楽は音楽神マッカートニーから発し、マッカートニーに還る」かのごとくである。僕は彼を神などと崇めたてまつるつもりは毛頭ないが、彼があらゆる音楽のエッセンスを取り入れ、それらを消化吸収した上で、改めてマッカートニー・オリジナルのカラーで色付けして我々大衆に向け発信し続けてきたことは疑いようのない事実である。そして、それゆえにマッカートニー・ミュージックは古くて新しいのであ~る。


参考:ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション
スーバー・デラックス・エディション
『マッカートニー』
『ラム』
『バンド・オン・ザ・ラン』
『マッカートニーⅡ』

デラックス・エディション
『マッカートニー』
『ラム』
『バンド・オン・ザ・ラン』
『マッカートニーⅡ』


コメント
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仰る通り!
いつもながら控えめな管理人さんらしく(笑)歯に衣着せながら発言されてますが(笑)
彼は文字通り西洋ポップロック音楽における神ですよ!
なんたって一番ライバル視されてた自身のビートルズをも超えてしまったのですから!
(アルバム『バンド・オン・ザ・ラム』とウィングス全米ツアーだけで充分超えたと確信できます)

で、こうやって改めて眺めますと、以前管理人さんも触れられてたように歌の名曲度はその時のポールの声に見事に直結して正比例してますね。
ビートルズ時代の68年、ポールは明らかに変わりました。曲より演奏より何よりその“歌声”!
急に声の艶が尋常じゃなくなったと思ったら曲まで尋常じゃなくなってきて、声と曲との蜜月は76年のツアーで爆発炎上しましたから。

声の衰えが他の歌手よりも早かったのもそれ故かもしれませんね。

2012-07-24 22:44 │ from アイヤーダイURL

アイヤーダイさん
コメントありがとうございます。昨今日本では神という言葉を何かと多様する傾向がありますから、なおさら使いたくないんですがねえ・・・(笑)。まあここはポールの仲良しクラブですから、多少の過剰表現も許されると思ってます。これでいいのだ~。
ポールはたしかに声の衰えは早かったですが、いい意味でギリギリ現状維持できているのはすごいことだと思います。

2012-07-25 01:11 │ from 管理人URL

第二期の作品群も 名だたる名曲が多く含まれていますね。
この時期は ウイングスとして絶頂期の時代でした。
第一期のビートルズ時代の楽曲より、今回 取り上げている第二期の楽曲の方が 馴染み深いという方も多くいらっしゃるでしょうね。

皆様が仰る通り ポールが作った曲のバリエーションの多さは凄いと思います。
また どれもが全て ポール自身がマッカートニー・ミュージックとして消化している所が流石ですよね。
最近の若い人は簡単に「神」という言葉を多用しますけど、このポールの創作ぶりこそ まさしく「神」と言えるレベルではないでしょうか?
まさしくポピュラーミュージックの神・ポールですね。(また大袈裟になったかな・汗)

個人的に この第二期の特長として 敢えて挙げるとすると、「ジェット」「ハイ・ハイ・ハイ」「ジュニアズ・ファーム」「ガールズ・スクール」の様な ポップ要素の強いロック曲が現れた事だと思うのですが どうでしょう?
シングル向きでキャッチーな楽曲、70年代という時代にも上手く合っていたと思いますけどね。ビートルズ時代では こういうタイプの曲って 無かったような・・
個人の感じ方の違いかも分かりませんが、上記に挙げた曲が とてもこの時期を象徴している様な気がしてなりません。
逆に ウイングス解散以降、特に80年代以降は こういうタイプの曲を世間からは求められて ポールも試行錯誤していた様にも思えます。

ノリのいいロックで しかもキャッチー、明るくて聴いていて楽しくなる・・ そんなイメージの楽曲を 今のファンも我々も望んでいますよね。きっと この第二期の活躍のイメージが 鮮烈なのかも知れません。
ポールは ビートルズだけでなく、ウイングスを含めたこの時期も とても大きな影響や印象を 現代にまで与えていると思います。

できれば 次のポールの新作は、この第二期を凌駕する様な ポップで明るく そしてロックしているポールが聴きたいですね。
そういう意味で プロデューサーと噂されるマーク・ロンソンは ポールのヴォーカルを どう録るのか? 作品の優劣を大きく左右する所でもあると思いますね。

2012-07-27 02:15 │ from テツURL

お邪魔します。 お久しぶりです。 ちょこちょここのサイトはのぞかせていただいていたのですが、自分のブログに連日来るコメントのほうに対処しているうちに、疎遠になってしまいました。 おまけに暑いし(笑)。 皆様、暑中お見舞い、申し上げます~♪。 まーぶたに口づけ~、ちゃうちゃう(ハハ…)。

で、皆様ご存知でしょうが…。

先日ロンドンのハイド・パークで行なわれたブルース・スプリングスティーンのライヴで、オーラスにゲストとして登場した我らがポール様。

ブルース親分もノリノリで、ビートルズナンバーを共に熱唱。
しっかしなんと、主催者側が 「電気を切る時間が来た」 というので一方的に会場の電気を切ってしまった!

まあ主催者側の事情も、一生の思い出を台無しにされて激怒するブルース親分も、両方気持ちは分かります(笑)。

ただこれについて、ポールの感想の情報が届いてこない(笑)。 管理人様、何かご存知でしょうか?

私はこの出来事、またまたポール様のライヴ・ギグ伝説の1ページに刻まれた!と、ひとり悦に入っています(爆)。
どーしてこうも、ポール様はレジェンド・メイカーなのでしょうか?
まさしくこの人にしか与えられない、「ネ申」(←笑) の称号を与えたい、と思います。

ところでテツ様、

おそらく70年代ポールのポップの源流というのは、「ハロー・グッドバイ」 だって、私は思うんですよね。 そしてその発展形、「オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ」。
そしてビートルズ(特にジョンの音楽的指向)から解放されたことで、自分の好きなものにまい進できるようになったこと。 「オブ・ラ・ディ」 みたいなのをやってしかめっ面する人が、いないんですから(笑)。

そしてビートルズ解散で、余計にいろんな音楽に触れる機会が増えたことも、原因としてあるんじゃないでしょうか。

「ジェット」 は、私の見立てではソウル音楽を自分のなかに取り込んで咀嚼している感じ。 「ウーウーウー」 のところ、なんか 「ザッツ・ア・ウェイ」 みたいですよね?

最近では 「エヴァー・プレゼント・パスト」 なんかが、かつてのポップ路線を継承しているような気がしますが、ちょっと外し気味かもしれないかな?

…さあ、オリンピックで 「ヘイ・ジュード」 だ!(ハハ…)

2012-07-27 10:12 │ from 橋本リウURL

テツさん
コメントありがとうございます。もちろんロックスピリットは忘れていなかったものの、ポールはソロになってから大きくポップス路線に傾いていったと思っています。実際は傾いていったというよりは、それがポールの本質であったと。ビートルズでやりきれなかったことをやったら自然とポップになっちゃいました、といったところでしょうか。でも多くの音楽ファンはポールにロックを期待してるんですよね。私はポップス、バラード路線で全然OKなんですが(笑)。いわゆるポールの軽い曲はけっこう非難の対象になるんですが僕は大好きです。

2012-07-27 14:24 │ from 管理人URL

リウさん
コメントありがとうございます。記念すべきブルースのコンサートに飛び入り出演!とここまでは良かったのですが、いきなりプラグを抜かれて大きな非難が巻き起こったようですね。ブルースは「ずっとこの日のために音楽をやってきたんだ」と言ったとか。そこまでポールを好きだったとは個人的には大きな驚きでした。この件についてのポールのコメントは知りませんが、公式サイトにはポールらしいジョーク映像がアップされてますね(http://www.paulmccartney.com/web/guest/news/-/blogs/olympics-one-week-from-today-who-pulled-the-plug?_33_redirect=%2fweb%2fguest%2fhome&#p_33top

で、結局開会式の『ヘイ・ジュード』では大感動してしまうんでしょうね。ま、それがファンつーもんですな(笑)。ポールの晴れ舞台共に楽しみましょう。

2012-07-28 02:14 │ from 管理人URL

やはり ポールの音楽的な本質としては、ポップな要素が強いのでしょうね。
70年代をリアルタイムで過ごされた方は シングルだけに限っても 毎年新曲が出て、しかもロックがあればバラードもあり、ワルツもやればディスコもやってしまう。音楽の玉手箱の様で 新曲が出る度に楽しみだったでしょうね。それも毎年ですからね。
本当に羨ましいです。

橋本リウ様
こちらこそ 暑中お見舞い申し上げます(笑)
70年代の作風であるポップの源流って ビートルズ時代の 「ハロー・グッドバイ」や「オブ・ラ・ディ・オブ・ラ・ダ」にあるというのは 確かに言えてますね。
恐らくほぼポール単独で作った曲だと思いますが、ビートルズ時代はジョンの影響もあって ポールのポップなエッセンスは控え目だったかも知れません。
ポールですら バンドの一員という立場であった ビートルズというバンドは やはり最強のロックバンドですね。改めて畏敬の念を感じてしまいます。

ブルース・スプリングスティーンとの共演は 動画サイトで確認しました!
無理矢理 ライヴを打ち切らなくても あと数分もすれば、ライヴは終わっていたはずですよね。 何故 もう少し待てなかったんだろう・・

ブルース・スプリングスティーンは 元々ライヴではテンション高い人ですけど(笑)ポールとの共演で更にテンション上がってましたね。
個人的には「ツイスト&シャウト」が嬉しかったですね。

いよいよオリンピック開会式ですが、これを切っ掛けにポールと併せて「ヘイ・ジュード」が再び人気になればと密かに期待しています(笑)

2012-07-28 02:17 │ from テツURL