ポール・マッカートニー:偉大なる50年の軌跡  その9『英・米で10位内に入ったシングル』 - Macca Go Go Go! ポール・マッカートニーファンブログ

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ポール・マッカートニー:偉大なる50年の軌跡  その9『英・米で10位内に入ったシングル』

前回は英・米で1位を獲得したシングルについて確認した。今回はその範囲を少し広げ、2位から10位にまでチャートインしたシングル盤をピックアップしてみよう。アルバムと同じく、シングルチャートで1位を獲得するというのはアーティストにとってむしろ例外的なことであり、生涯1位を取れない人たちのほうが大多数というのが現実である。では一般的に考えて、成功したシングルというのはいったい何位ぐらいまでに入った作品のことを言うのであろうか。もちろんこれにもいろいろな考え方があるのだろうが、当記事ではひとまずアルバムと同じくチャートの10位内に入ったシングルを「成功した」作品とみなして以下にまとめるものとする。
(注:ビートルズの楽曲についてはたとえジョンが単独で書いたと思われる曲でも、レノン=マッカートニーのクレジットがついているものは1曲としてカウントした。たとえば『サムシング』はジョージの曲だが、『サムシング/カム・トゥゲサー』は一般に両A面とされているので、『カム・トゥゲサー』をほうを取ってこちらも1曲(1枚)とカウントした。また『アンソロジー』からのシングル『フリー・アズ・ア・バード』はアルバムのクレジット通りメンバー4人の共作としてカウントしたが、『リアル・ラヴ』は作者としてジョン・レノンのクレジットしかないので除外した。)

※尚、本記事ではポールの50年間に渡る音楽活動を10年ごとに区切り、以下の通り第1期~第5期という区分を設定している。
   
第1期(1962年~1971年) 20代(20~29才)
第2期(1972年~1981年) 30代(30~39才)
第3期(1982年~1991年) 40代(40~49才)
第4期(1992年~2001年) 50代(50~59才)
第5期(2002年~2011年) 60代(60~69才)

第1期(1962年~1971年)20代
★イギリスで2位から10位に入ったシングル:5枚
『プリーズ・プリーズ・ミー(2位)』『ペニー・レイン/ストロベリー・フィールズ・フォーエバー(2位)』『サムシング/カム・トゥゲサー(4位)』『レット・イット・ビー(2位)』『アナザー・デイ(2位)』
●アメリカで2位から10位に入ったシングル:10枚
『P.S.アイ・ラヴ・ユー(10位)』『ツイスト・アンド・シャウト(2位)』『ドゥ・ユー・ウォント・トゥ・ノウ・ア・シークレット(2位)』『シーズ・ア・ウーマン(4位)』『デイ・トリッパー(5位)』『ひとりぼっちのあいつ(3位)』『ストロベリー・フィールズ・フォーエバー(8位)』『レディ・マドンナ(4位)』『ジョンとヨーコのバラッド(8位)』『アナザー・デイ(5位)』

第2期(1972年~1981年)30代
★イギリスで2位から10位に入ったシングル:15枚
『イエスタデイ(8位)』『メアリーの子羊(9位)』『ハイ・ハイ・ハイ(5位)』『マイ・ラヴ(9位)』『007死ぬのは奴らだ(7位)』『ジェット(7位)』『バンド・オン・ザ・ラン(3位)』『あの娘におせっかい(6位)』『心のラヴ・ソング(2位)』『幸せのノック(2位)』『幸せの予感(5位)』『グッドナイト・トゥナイト(5位)』『ワンダフル・クリスマス・タイム(6位)』『カミング・アップ(2位)』『ウォーターフォールズ(9位)』
●アメリカで2位から10位に入ったシングル:9枚
『ゴット・トゥ・ゲット・ユー・イントゥ・マイ・ライフ(7位)』『ハイ・ハイ・ハイ(10位)』『007死ぬのは奴らだ(2位)』『愛しのヘレン(10位)』『ジェット(7位)』『ジュニアズ・ファーム(3位)』『幸せのノック(3位)』『ハートのささやき(10位)』『グッドナイト・トゥナイト(5位)』

第3期(1982年~1991年)40代
★イギリスで2位から10位に入ったシングル:6枚
『ザ・ビートルズ・ムービー・メドレー(10位)』『ガール・イズ・マイン(8位)』『セイ・セイ・セイ(2位)』『ひとりぼっちのロンリー・ナイト(2位)』『ウイ・オール・スタンド・トゥゲサー(3位)』『ワンス・アポン・ア・ロング・アゴー(10位)』
●アメリカで2位から10位に入ったシングル:4枚
『テイク・イット・アウェイ(10位)』『ガール・イズ・マイン(2位)』『ひとりぼっちのロンリー・ナイト(6位)』『スパイズ・ライク・アス(7位)』

第4期(1992年~2001年)50代
★イギリスで2位から10位に入ったシングル:1枚
『フリー・アズ・ア・バード(2位)』
●アメリカで2位から10位に入ったシングル:1枚
『フリー・アズ・ア・バード(6位)』

第5期(2002年~2011年)60代
★イギリスで2位から10位に入ったシングル:0枚
●アメリカで2位から10位に入ったシングル:0枚

こうして実際にデータを出してみると、とても興味深い結果となった。まずビートルズ時代を含む第1期を見てみると、『ドゥ・ユー・ウォント・トゥ・ノウ・ア・シークレット(2位)』『ひとりぼっちのあいつ(3位)』『シーズ・ア・ウーマン(B面:4位)』『デイ・トリッパー(B面:5位)』など特にアメリカで意外な曲がトップ10ヒットになっていることがわかる(とはいえ、ビートルズの曲ならどんな曲がヒットしても不思議ではないが)。かたやイギリスでは超有名曲の『レット・イット・ビー(2位)』や『サムシング/カム・トゥゲサー(4位)』が結果的にチャートで1位を獲れておらず、解散直前のイギリスおけるビートルズ人気にわずかな陰りを感じさせる記録といえるかもしれない。

ビートルズ解散後、ポール単独での記録を見るとやはり圧巻は30代の第2期(1972年~1981年)である。まず本国イギリスではビートルズの1曲を除き、単独でこの10年間に15曲ものトップ10シングル(1位の『夢の旅人』含む)を送り込んでいる。その驚異的な創作意欲とエネルギーにはただただ頭が下がる思いだ。過去記事において、ポールがイギリスでシングルが3枚しかNo.1になっていないことを嘆いた僕であったが前言撤回である。たとえ1位は少なくともトータルで見ればこれは本当にすばらしい記録としかいいようがない。またアメリカでもこの第2期(1972年~1981年)はNo.1の6曲を含めると単独でのトップ10ヒットは14曲となり、ヒット曲の数という点ではほぼイギリスと同じという結果になった。つまりポールは20代のビートルズに続き、30代もシングル、アルバム共にトップアーティストの名に恥じない活躍をし、記録を残したということになるのである。ポール、やはりあなたはすごかった。ブラボー、マッカートニー!

第2期(1972年~1981年)個々の作品に目を移してみると、特にイギリスで面白い曲がトップ10入りしていたことがわかる。『メアリーの子羊(9位)』は発売当時特に批評家たちから散々に酷評された作品とされているが、きちんとトップ10に入っているのは興味深い。僕自身この曲でみせるポールのアットホームで牧歌的な一面は大好きだし、この曲もアルバム『ラム』などと同じく再評価されるべき時が来ているのではないかと感じている(リマスター化が楽しみだ)。ポールにはけっしてこの曲を恥じることなく、できればライヴなどで披露してもらいたいくらいである。『ワンダフル・クリスマス・タイム(6位)』は今や定番のクリスマスソングの1曲といっても過言ではないが、発売当時アメリカでは全くヒットしなかった。それだけにイギリスでは6位にまでなっていたのは個人的にも嬉しい再発見であった。『ウォーターフォールズ(9位)』がトップ10入りしていたのもイギリスらしいという気がする。

ポールが単独でトップ10入りした最後の作品は、イギリスでは1987年の『ワンス・アポン・ア・ロング・アゴー(10位)』、アメリカでは1985年の『スパイズ・ライク・アス(7位)』である。この記録が示す意味はかなり重いものがある。つまりポールの50年のキャリアのうち、少なくともその半分に当たる後半の25年間というもの、ポールはトップ10ヒットを1曲も送り込めていないのである。アルバムチャートに関するかぎり2012年の現在でも立派にトップ10にチャートインを果たしている事実(『キス・オン・ザ・ボトム(5位)』)と比較すると、シングルの市場における状況はほとんど絶望的とさえ言ってもいいかもしれない。この事実からも、ポールは現代の音楽シーンにおいてはもはや主流ではなく、稀代のヒットメーカーという言葉も過去のもので、堅調なアルバムセールスに関しては長年のファンによって支えられているという分析も可能であろう。

ただ最後に個人的な意見を言わせていただくなら、ポールの楽曲の質は全盛期も今もさほど大きな変化はないと思っている。これがまたマッカートニー・ミュージックの不思議なところで、ある時期の1曲だけをピックアップして聴くとつまらないさえと思えるような曲も、ポールの全作品というククリの中で聴くと、突如として同じ作品が光を放ち始めたりするのである。アーカイブ・コレクションのプロジェクトがが進行すればするほど、僕たちはその事実に気づかされることになるであろう。だからいちいちチャートの順位に一喜一憂する自分がいる反面、世間の評価とは全く無関係にポールの作品を純粋に楽しみ、常に新しい発見と深い喜びに酔いしれるもう一人の自分が存在するのもまた事実なのである。マッカートニー・ミュージックとは1つの小宇宙であり、僕たちの想像をはるかに超える広がりと深みを有しているのだ。

参考:ポール・マッカートニー・アーカイブ・コレクション
『マッカートニー』(スーパー・デラックス・エディション)
『ラム』(スーパー・デラックス・エディション)
『バンド・オン・ザ・ラン』(スーパー・デラックス・エディション)
『マッカートニーII』(スーパー・デラックス・エディション)


コメント
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トップ10入りを果たしたシングルの数も流石はポールですね。圧巻の数字です。
ですが、管理人様が仰る通り 近年はシングルで上位にランキングされる事が減った現実は、ポールの楽曲が時代の主流から やや外れてしまった事、アルバムを中心として 長年のファンに支えられている一面がある事もある訳で シビアてすが ごもっともなご指摘かと思います。

シングルって 購買者の動向の他に、レコード会社のプッシュやプロモーションによっても かなり影響を受けると思います。
ポールやレコード会社が どのような戦略で高セールスに向けて対策を練るのか その辺りも大切でしょうね。今のポールは アルバムのセールスに重きを置いている印象です。

イギリスでは、いつもトップ10目前までシングルは上昇していますので、まだまだトップ10シングルが誕生するチャンスはあると思っています。今後のポールに期待していますよ。

「メアリーの子羊」 は いかにもポールらしいアットホームな感覚溢れる楽曲ですね。
こういうタイプの曲を受け入れる事が出来るか 出来ないかで、ポールファンになる分岐点になる様な気もしますが、ちょっと乱暴な意見ですかね。
きっとビートルズ時代なら ジョンとジョージは、一緒に演奏するのを拒否していたかも知れません。ソロとなってリンダと一緒になったからこそ 誕生した名曲だと思いますね。

私も「メアリーの子羊」はぜひ再評価を促したい曲だと強く思っています。
しかし、この曲の前のシングルが 政治的な配慮で放送禁止処分になった「アイルランドに平和を」 次が童謡風な「メアリーの子羊」と、かなりタイプがかけ離れていますよね。アルバム『ワイルドライフ』も『ラム』の後にしては 随分ラフな作品でしたし、今後の方向性を模索する中で ポールに迷いがあった時期だったのでしょうか?
この時期のポールについては、まだまだ知りたい事が山程あります。 ぜひアーカイブ・コレクションで、再評価も含めて当時のポールの心境を垣間見る事が出来れば嬉しいです。

2012-06-13 03:43 │ from テツURL

テツさん
コメントありがとうございます。ポールが『マッカートニー』から『ワイルド・ライフ』あたりまででやったことは、あえてビートルズ的なものをぶっ壊すという非常に勇気のいる彼なりの挑戦であったと個人的には理解しています。『アイルランドの平和を』と『メアリーの子羊』はその最たるものだったと思いますが、これらの曲さえ今となってはポールの巨大な音楽性のほんの一部分だったと受け入れることができる時代が来たのだと思います。ポールが本当の意味で評価されるのは、実はこれからなのかもしれませんね。

2012-06-13 11:54 │ from 管理人URL