ポール・マッカートニー:偉大なる50年の軌跡  その4『英・米で10位内に入らなかったアルバム PART1』 - Macca Go Go Go! ポール・マッカートニーファンブログ

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ポール・マッカートニー:偉大なる50年の軌跡  その4『英・米で10位内に入らなかったアルバム PART1』

前回までは英・米のチャートで10位内に入ったアルバムについて見てきた。では、公式に発売されたアルバムの中で10位内にも入らなかった作品というのはいったいどれくらいあるのだろうか?(順位はいちおう100位内に入った作品を目安として集計した)

第1期(1962年~1971年)20代
★イギリスで10位内に入らなかったアルバム:1枚
『ワイルド・ライフ(11位)』
●アメリカで10位内に入らなかったアルバム:1枚
『アーリー・ビートルズ(43位)』

第2期(1972年~1981年)30代
★イギリスで10位内に入らなかったアルバム:0枚
●アメリカで10位内に入らなかったアルバム:1枚
『ウイングス・グレイテスト(29位)』

第3期(1982年~1991年)40代
★イギリスで10位内に入らなかったアルバム:2枚
『バック・イン・ザ・USSR(63位)』『トリッピング・ザ・ライヴ・ファンタスティック(26位)』
●アメリカで10位内に入らなかったアルバム:7枚
『パイプス・オブ・ピース(15位)』『ヤア!ブロード・ストリート(21位)』『プレス・トゥ・プレイ(30位)』『オール・ザ・ベスト(62位)』『フラワーズ・イン・ザ・ダート(21位)』『トリッピング・ザ・ライヴ・ファンタスティック(17位)』『公式海賊盤(14位)』

第4期(1992年~2001年)50代
★イギリスで10位内に入らなかったアルバム:4枚
『ポール・イズ・ライヴ(34位)』『ラン・デヴィル・ラン(12位)』『ドライヴィング・レイン(46位)』『バンド・オン・ザ・ラン 25周年記念盤(69位)』
●アメリカで10位内に入らなかったアルバム:4枚
『オフ・ザ・グラウンド(17位)』『ポール・イズ・ライヴ(78位)』『ラン・デヴィル・ラン(27位)』『ドライヴィング・レイン(26位)』

第5期(2002年~2011年)60代
★イギリスで10位内に入らなかったアルバム:2枚
『グッド・イヴニング・ニューヨーク・シティ(28位)』)『エレクトリック・アーギュメンツ(79位)』

●アメリカで10位内に入らなかったアルバム:1枚
『グッド・イヴニング・ニューヨーク・シティ(16位)』

※ビートルズ解散以降に発売されたビートルズのアルバムチャート記録は、ポールソロ期の成績がぼやけてしまうため、これまでと同様上記には入れず以下に追記する。
ビートルズ解散後に発表されたビートルズ名義のアルバムで、チャート10位内に入らなかったものは以下の通り。

★イギリスで10位内に入らなかったビートルズ名義のアルバム:計8枚
『ロックン・ロール・ミュージック(11位-1976)』『レアリティーズ(71位-1978)』『ビートルズ・バラード・ベスト20(17位-1980)』『パスト・マスターズVol.1(49位-1988)』『パスト・マスターズVol.2(46位-1988)』『ビートルズ・モノ・ボックス(57位-2009)』『ビートルズ・ステレオ・ボックス(24位-2009)』『パスト・マスターズ(31位-2009年)』
●アメリカで10位内に入らなかったビートルズ名義のアルバム:計9枚
『ラヴ・ソングス(24位-1977)』『レアリティーズ(21位-1980)』『リール・ミュージック(19位-1982)』『20グレイテスト・ヒッツ(50位-1982)』『イエロー・サブマリン・ソング・トラック(15位-1999)』『キャピトル・アルバムVol.1(35位-2004)』『キャピトル・アルバムVol.2(46位-2006)』『ビートルズ・モノ・ボックス(40位-2009)』『ビートルズ・ステレオ・ボックス(15位-2009)』

以上をまとめると、ビートルズ時代を含めた過去50年間にポールが発表したアルバムのうち10位内に入らなかったアルバムはイギリスで17枚、アメリカで23枚という結果となった。
ソロ期だけを見ると、10位内に入らなかったアルバムはイギリスで9枚、アメリカで13枚。
ビートルズだけを見ると、10位内に入らなかったアルバムはイギリスで8枚、アメリカで10枚だった。
※ただし、アルバムチャート100位圏内にも入れなかった、たとえばポールのクラシックアルバムのような作品は上記には含まれていないので、厳密な意味で10位内に入らなかったアルバムの実数は上記をかなり上回ると思われる。ここではあくまでも10位以下、100位内に入ったアルバムを対象とした。


今回もまた思った以上に興味深い結果が出た。
まず、ビートルズと名の付くものならば、ベスト盤であろうと、企画盤であろうと、とにかく10位以内に入れなかったアルバムというのはひょっとしたら1枚もなかったのではないか…、あったとしても2、3枚がいいところではないか、などと思っていたのだが、実際にはビートルズ名義で10位内に入れなかったアルバムはイギリスでは計8枚、アメリカでは計10枚もあったいう結果となった。

このうち特に意外だったのは『パスト・マスターズ』Vol.1&2が英・米共に全くヒットしなかったことである。なにしろアメリカでは100位内にさえチャートインしていないのだから恐れ入る(信じ難い)。『パスト・マスターズ』はご存知の通りビートルズが現役中にシングルだけでしか発売していなかった曲を中心に再構成した編集盤であるが、その内容たるやまさに宝がザックザク。ある意味ビートルズのオリジナルアルバムよりも密度の濃い楽曲がズラリと並んでいる。もちろんVol.1もよいのだが、(ポールのファンらしく)僕は個人的に特にVol.2のほうをより高く評価していて、とりわけ2009年リマスター盤Vol.2は聴くたびに僕の中で評価がウナギ登りなのである。中でも『デイ・トリッパー』『恋を抱きしめよう』『ペイパーバック・ライター』『レイン』『レディ・マドンナ』『ヘイ・ジュード』などの生まれ変わったサウンドには聴くたびに全身が痺れる思いがする。編集盤を超えた編集盤『パスト・マスターズ』は世間にもっと評価されてしかるべきだと思う。このアルバムは、ビートルズが現役時代にファンの為にアルバムにはあえて収録しなかった曲だけを集めたものであり、他のアーティストにけっしてマネのできないその驚異的な創作能力の高さを世に示した、今では重要な作品の一つと僕は考えているからである。

さてポールのソロ期に目を向けてみると、僕は実はここに来て初めてポールの本当の凄さを思い知った気がしたのだった。というのも、第1期(20代)、第2期(30代)に関しては、ほぼ完ぺきに作ったアルバムのほとんどが10位内というハードルをクリアしているからである。特にビートルズ解散直後の30代の10年間ポールは本当にがんばったのだと思う。30代にイギリスで10位内に入らなかったアルバムはなんとゼロ、アメリカでも『ウイングス・グレイテスト(29位)』たった1枚という成績を残しているのだから。

だが僕にとってはこの『ウイングス・グレイテスト』はなぜアメリカで全くヒットしなかったのかが今もって理解できないいわくつきの1枚、怨みの1枚でもある(笑)。このウイングス初のベストアルバムは『ロンドン・タウン』と『バック・トゥ・ジ・エッグ』の間、1978年に発売された。当時はディスコブーム全盛で、ポールのような正統派ロック、ポップスはどちらかというと隅に追いやられている印象はあったものの、たとえば日本ではウイングスはクイーンやビージーズ等にも決して引けを取らない人気を誇っていた。僕のスクラップブックを見ると、1978年の年間ポップスチャートの4位(幸せの予感)と9位(ガールズ・スクール)にウイングスが名を連ねている。

北米ツアーを大成功させ、3枚組ライブが1位に輝き、イギリスで『夢の旅人』が『シー・ラヴズ・ユー』のレコード売上記録を塗り替え、当時のポールは乗りに乗っていた。ファンの僕たちにとってもさらなる黄金の未来は約束されているかに見えたのである。しかし…。『ロンドン・タウン』はアメリカで1位を獲りそこね、続くベスト盤『ウイングス・グレイテスト』でポールは挽回を図るのだが、これがまた見事にコケてしまうのである。「これだけヒット曲、代表曲満載のアルバムがなぜ売れないのか…。」僕は理解に苦しんだ。1位になって当然のアルバムではないか、と。だが、ポールがソロになって初のベストアルバムが売れなかったのは紛れもない事実である。今さら怨み事を言っても仕方がないのだが、内容的には売れてしかるべきものが売れなかったのは、レコード会社にもその責任の一端があると僕は考えている。結局のところ、このあたりのモヤモヤ感は『タッグ・オブ・ウォー』の英・米同時No.1獲得で一時的には晴れるものの、すぐさま次の作品『パイプス・オブ・ピース』で再燃してしまう。そして、それは思った以上に長く続いてゆくのである。

「アメリカでもはや売れないポール」。これはポール・マッカートニー人気に予想以上の大きなダメージを与えることになったようだ。アメリカでのチャート成績低迷の裏には、70年代後半におけるポールのレコード会社移籍が少なからず関係していると僕は分析しているのだが、PART2ではそのあたりも含めてさらに検証を進めてみたい。

参考:パスト・マスターズ vol.1&2


コメント
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お邪魔いたします。

このデータで私の目を引いたのは、「ドライヴィン・レイン」 ってあまりチャート成績よろしくなかったのね、ということでしょうか(笑)。 まあジャケ写からして手抜き感いっぱいで(爆)、このアルバムのアートワークって、私は個人的にあまり好きじゃない。 確かカシオの腕時計カメラで撮ったとか? アルバム内容は個人的に初めてポールのライヴを見た当時の思い入れがあるんですが。

それとアメリカのチャートで 「アメリカ人って正直だなー」 と思ったのは、管理人様ご指摘の 「ウィングス・グレイテスト」 の成績が悪いこと。
これってアメリカでレコードがあまりにも売れすぎたので、「今さらベストを買う必要も…」 という感じだったのではないでしょうか(爆)。
だって 「キャピトル・アルバム」 の1、2両方とも成績があまりにも悪いんですよ。 「もう持ってるから~」 みたいな感覚じゃなかんべか、と思いましたけど。 …でもこのキャピトル・アルバム、最初の発売からずいぶんたつし、CD化も初めてだったし、ご当地アメリカであまり売れなかったのは、私にとって興味深かったです。 …高かったからかな(爆)。 ジャケットのスキャンも大味だし。 続編出ないのは、1、2が売れなかったからかな(個人的には期待してるんですが、ほのかに…笑)。

「パスト・マスターズ2」 は私もUSBでしょっちゅう聴いてます(またイヤミだ…笑)。 「パスト・マスターズ1」 って、ステレオだとしょぼく聞こえるヴァージョンとか目白押しで、極めつけがあのドイツ語版の2曲。 完璧にカラオケとヴォーカルが左右に分かれてるし(笑)。 なにしろジョンが完っ全んんっにやる気なし(爆)。 ポールがひとり気張って頑張ってる感じで(笑)。 そこが面白いんだけど(笑)。

でもイギリスではあまり人気も落ちず、コンスタントには売れてたんですね。 さすが地元です…。

2011-11-19 11:17 │ from 橋本リウURL

リウさん
コメントありがとうございます。『ドライヴィング・レイン』チャート順位たしかに悪いですが、このアルバムに関しては「ま、仕方ないか・・・」と思えてしまうんですよね。そんな風に思えるのはこのアルバムだけの気がするんですが、たぶん個人的にあまり好きじゃないんですね(笑)。
キャピトル・アルバムは値段設定とか、アメリカならではの雑な作りが災いしたような気がします。発売当時としては音はけっして悪くないと思いますが・・・。USBの最高音質で聴くと、パストマスターズはまた絶品でしょうね。

2011-11-19 18:48 │ from 管理人URL

ひさびさです。
70年代後半に売れなくなったのはディスコもそうですが、やはりパンクの影響じゃないでしょうか?
とくにポールはパンクと正反対にいると見なされて標的になったらしいですね。いわゆるロック巨大ビジネス化(=腐敗)の象徴的存在にされ攻撃の対象となった。ツェッペリンとかもこの時期チャートはともかく売り上げは落ちてます。
ジョンは売り上げはともかく(笑い)、パンクからは同類と見なされて攻撃されなかったようですが、だいたいこの時期レコードだしてませんけどね。

2011-11-20 11:33 │ from るんばURL Edit

るんばさん
コメントありがとうございます。私は当時からあまり評価してなかったんですが、ご指摘の通り特にイギリスではパンク、ニューウェーヴ等の影響は見逃せないでしょうね。今ではほとんど死語ですが(笑)。ポールが「僕たちはオールドウェーヴだ」なんて自虐的に語っていたのも思い出します。一部の熱心なロックファンにはポールは売れ線ばかりを狙ったいわゆる商業ロックの代表格とも捉えられ、敬遠された時代でもあったと思います。いろんな反動が出たんでしょうね。

2011-11-21 05:15 │ from 管理人URL

TOP10入りを逃したアルバムを振り返るのも興味深いですね。
私は『ウイングス・グレイテスト』って 何だか中途半端なベスト盤という印象が拭いくれないのですよね。(ゴメンなさい)
ウイングス・グレイテスト… とタイトルを付けながら、全米No.1ヒット「あの娘におせっかい」が収録されていない…
収録時間など 色々と事情はあったのかも知れませんが この曲はベスト盤には外せないでしょう…

「ウイングス・グレイテスト」というタイトルから、ウイングス時代のベスト盤を想像しますが 実際は「アナザー・デイ」など ソロ名義の曲も収録されているし、細かいツッコミですが… せっかくのベスト盤だったのに 個人的には編集の雑さが 勿体ないと思いましたね。
まぁ…作り手は そんな細かい事は、気にしてないって事でしょうかね(苦笑)

それでもアルバム未収録のヒット曲が、一枚のベスト盤で揃う点は 大変便利だったのではないでしょうか。
それに『ウイングス・グレイテスト』って元々は、ベスト盤と未発表曲を合わせた2枚組の予定だったそうですが、レコード会社に却下されて 現在の形になったらしく、ポールも残念だったはずです。

アメリカでは70年代後半から数年間、レコード会社を移籍していたそうですが、今までの実績と比較すると 移籍は成功とは言えなかった様ですね。
この辺りの経緯など 詳しくご存知でしたら教えて頂きたいです。

TOP10入りしなかったアルバムで、個人的に思い入れが強いのは『公式海賊盤(アンプラグド)』ですね。
ポール久々の会心作『フラワーズ・イン・ザ・ダート』が全米で21位までしか上昇せず、ビートルズ・ナンバー満載の ポールにとって久々のライブ盤『トリッピング・ザ・ライブ・ファンタスティック』が全米17位という成績で、アメリカでチャートが伸び悩む傾向にあったポールが、この『公式海賊盤』では、前2作を上回る14位まで上昇したのは驚きでした。

私は91年当時、「アンプラグド」の存在を知りませんでしたし… 正直あまりチャートは期待していませんでした。
ポールも「オフィシャル・ブートレグ」なんてタイトルをつける所や、アルバム・ジャケットも、ソ連(当時)のみで発売された『バック・イン・ザ・USSR』のジャケットを流用した様なデザインを採用した点から見ても、チャート的にはあまり期待していなかったと思いますが…

それがヒットし、後のアンプラグド・ブームの先駆けとなったのですから、嬉しかったですね。
勿論内容も素晴らしくて、何よりポールのヴォーカルが好調なのが嬉しかったです。
前作のライブ盤では、ポールの歌声は かなり荒れていて、当時とてもショックでしたから…(苦笑)
もう、ポールは限界かなぁ…なんて、当時は本当に心配しましたからね。

そういう意味でも、無理に声を絞り出すわけでは無く、アコースティック・サウンドに乗せて ソフトな歌声を聞かせててくれるポールに とても安心しました。

当時の事を振り返ると、69歳の現在も ポールが元気にライブ活動を継続してくれているのが 個人的には本当に嬉しいです。

それにしても、ポールはビートルズも含めると、ほぼ毎年何らかの作品を発表していますよね。
ポールの充実した活動ぶりにも頭が下がります…

2011-11-22 02:24 │ from テツURL

テツさん
コメントありがとうございます。ポールは昔からベスト盤の選曲に関しては変ですよね(笑)。ひと言でいえば中途半端であります。『ウイングスパン』もそうでしたが、ウイングスを名乗るならソロの曲を入れるべきじゃないのに、ごっちゃになってたり・・・。もうとっくに『オール・ザ・ベスト!』以降の曲を集めてベスト盤出すべきなのに、未だに出していなかったり・・・。このあたりを見るとポールは90年代以降の作品を余り自分で誇りに思ってないのかな、と思うことがあります。もっと胸を張って、堂々と後期ベスト盤を出すべきではないかと。いい曲いっぱいありますから。

2011-11-22 08:14 │ from 管理人URL