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ポール・マッカートニー:偉大なる50年の軌跡  その3『英・米で10位内に入ったアルバム』

前回はイギリスとアメリカで1位になったアルバムだけをピックアップしてみたわけだが、もちろん発表したアルバム全てが1位になれるわけではない。1位になるアルバムというのはむしろアーティストにとって“例外”であって、ほとんどのアルバムは1位を獲れないで終わる運命にある。現在1年間にいったい何枚のアルバムがリリースされるのかは知らないが、1年は52週間だから、最高でも1年間に52枚のアルバムにしかその権利は与えられないことになる。だが、実際には2週間以上1位にとどまるアルバムも多いことから、その数は場合によっては極端に少なくなることもある。たとえば、1963年から1964年にかけて『プリーズ・プリーズ・ミー』と『ウィズ・ザ・ビートルズ』2枚のアルバムはイギリスのアルバムチャートにおいて、51週間連続で1位を占めるという記録を残している(お気付きの通り、これは1年間にわずか1週間だけ足りないとてつもない記録である)。ビートルズ栄光の陰で1位を獲れずに泣いたアーティストの数もまた計り知れないのである。

というわけで、今回はイギリス、アメリカで10位以内に入ったアルバムだけに焦点を絞って検証を加えてみたい。たとえ1位にはなれなくても、英・米で10位以内に入ったアルバムというのは、一応成功した作品と考えてもいいと思うからだ。前回取り上げた1位のアルバムも当然10位内に入った作品ということになるのだが、重複を避けるために“2位から10位に入ったアルバム”ということを念頭に置いて以下をご覧いただきたい。また例によってビートルズ解散後のビートルズ名義のアルバムについては、ポールのソロ期の成績がぼやけてしまうので一番最後にまとめて追記した。

第1期(1962年~1971年)20代
★イギリスで2位から10位に入ったアルバム:3枚
『イエロー・サブマリン(3位)』『オールディーズ(7位)』『マッカートニー(2位)』
●アメリカで2位から10位に入ったアルバム:7枚
『イントロデューシング・ザ・ビートルズ(2位)』『サムシング・ニュー(2位)』『イエロー・サブマリン(2位)』『ザ・ビートルズ・ストーリー(7位)』『ヘイ・ジュード(2位)』『ラム(2位)』『ワイルド・ライフ(10位)』

第2期(1972年~1981年)30代
★イギリスで2位から10位に入ったアルバム:5枚
『レッド・ローズ・スピードウェイ(5位)』『ウイングス・オーヴァー・アメリカ(8位)』『ロンドン・タウン(4位)』『ウイングス・グレイテスト(5位)』『バック・トゥ・ジ・エッグ(6位)』
●アメリカで2位から10位に入ったアルバム:3枚
『ロンドン・タウン(2位)』『バック・トゥ・ジ・エッグ(8位)』『マッカートニーⅡ(3位)』

第3期(1982年~1991年)40代
★イギリスで2位から10位に入ったアルバム:4枚
『パイプス・オブ・ピース(4位)』『プレス・トゥ・プレイ(8位)』『オール・ザ・ベスト(2位)』『公式海賊盤(7位)』
●アメリカで2位から10位に入ったアルバム:0枚

第4期(1992年~2001年)50代
★イギリスで2位から10位に入ったアルバム:3枚
『オフ・ザ・グラウンド(5位)』『フレイミング・パイ(2位)』『ウイングスパン(5位)』
●アメリカで2位から10位に入ったアルバム:2枚
『フレイミング・パイ(2位)』『ウイングスパン(2位)』

第5期(2002年~2011年)60代
★イギリスで2位から10位に入ったアルバム:3枚
『バック・イン・ザ・ワールド(5位)』『ケイオス・アンド・クリエーション・イン・ザ・バックヤード(10位)』『メモリー・オールモスト・フル(5位)』
●アメリカで2位から10位に入ったアルバム:3枚
『バック・イン・ザ・US(8位)』『ケイオス・アンド・クリエーション・イン・ザ・バックヤード(6位)』『メモリー・オールモスト・フル(3位)』

※ビートルズ解散以降に発売されたビートルズのアルバムチャート記録は、ポールソロ期の成績がぼやけてしまうため、上記には入れず以下に追記する。
ビートルズ解散後に発表されたビートルズ名義のアルバムで、チャート2位から10位に入ったものは以下の通り。

★イギリスで2位から10位に入ったビートルズ名義のアルバム:計9枚
『ザ・ビートルズ1962-1966(3位-1973)』『ザ・ビートルズ1967-1970(2位-1973)』『ラヴ・ソングス(7位-1977)』『20グレイテスト・ヒッツ(10位-1982)』『アンソロジー1(2位-1995)』『アンソロジー3(4位-1996)』『イエロー・サブマリン・ソングトラック(8位-1999)』『レット・イット・ビー…ネイキッド(7位-2003)』『ラヴ(3位-2006)』
●アメリカで2位から10位に入ったビートルズ名義のアルバム:計6枚
『ザ・ビートルズ1962-1966(3位-1973)』『ライブ・アット・ザ・ハリウッドボウル(2位-1977)』『ロックンロール・ミュージック(2位-1976)』『ライブ・アット・ザ・BBC(3位-1994)』『レット・イット・ビー…ネイキッド(5位-2003)』『ラヴ(4位-2006)』

前回は1位だけにフォーカスしたため、50代、60代のポールはどうなってしまったんだ?という感じが否めなかったが、10位内に入ったアルバムで見ると50代、60代もポールは健在であったことが数字でも証明された形となり正直ホッとしている。たかがチャート、されどチャートというところだろうか。

それにしてもたいした記録である。前回の1位になったアルバムも合算してみると、ビートルズ時代を含めた過去50年間にポールが発表したアルバムのうち10位内に入ったアルバムはイギリスでちょうど50枚(内1位が23枚)、アメリカで47枚(内1位が26枚)という結果となった。
ソロ期だけを見てみると、10位内に入ったアルバムはイギリスで24枚(内1位が8枚)、アメリカで17枚(内1位が7枚)という結果である。
またビートルズだけを見ると、10位内に入ったアルバムはイギリスで26枚(内1位が15枚)、アメリカで30枚(内1位が19枚)となった。

過去2回に渡ってアルバムチャートの記録を追ってきたが、この集計作業は個人的にも実に楽しいものであった。というのも、これまでぼんやりとしかわかっていなかったことにいろいろと気付かされたからである。

1.ビートルズの初期から中期にかけ、アメリカのキャピトルレコードがビートルズのオリジナルアルバムを発売せず「勝手に」収録曲をいじくり回し、曲を寄せ集めて独自編集盤なるものを乱発。そして幸か不幸か、それらのほとんどが1位か2位となってレコード売上に貢献したという事実。(これはもうリマスター盤が発売されていないことからも完全に過去の遺物である)
2.赤盤・青盤は当然英・米で1位なのだろうと思っていたが、実際はアメリカで青盤だけしか1位になっていなかったという事実。
3.アメリカでは『アンソロジー』が3枚全て1位になっていたこと。そしてイギリスでは『アンソロジー2』のみが1位になっていたという事実。
4.『ライブ・アット・ザ・ハリウッドボウル』『ライブ・アット・ザ・BBC』が共にイギリスで1位になっていたという事実。
5.トップ10に入ったアルバムだけを見れば、ポールはソロ期だけでイギリスで24枚となり、ビートルズの26枚と現在ほぼ肩を並べるという事実(アメリカではビートルズ30枚に対し、ソロ期17枚)。
6.ポールはどちらかといえばイギリスよりもアメリカで売れているという印象があったが、実際はイギリスでの成績は非常に堅調で、作品の内容にそれなりに見合った結果が残せていると思われること。アメリカで『フラワーズ・イン・ザ・ダート』が21位、『オフ・ザ・グラウンド』が17位、『プレス・トゥ・プレイ』が30位等々はファンから見れば信じられない数字である。
7.解散後もビートルズのアルバムはとにかく売れてるな~、という事実。ビートルズは本当に化け物バンドである。チャート順位という形ではここには出てこなかったが、他にリマスター盤のステレオボックスがアメリカだけで300万セット、モノボックスが100万セット以上売れたというのだから恐ろしい。あんな高いものを…。やはりビートルズファン=ポールファンということではないのですね……。

参考:
ザ・ビートルズ・ボックス(ステレオ・ボックス)
ザ・ビートルズ・モノ・ボックス(アンコール・プレス)


コメント
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お邪魔いたします。

「アンソロジー2」 がイギリスで一番成績が良かった、というのは、やはり中期の音源がいちばん貴重なものが多かったせいもあるでしょうね。 品質重視だなあ、イギリスって。 私もたまに聴きたくなるのは、「2」 ですからね。 「3」 で新曲が入れられなかったのが、もはやジョージがこの世にいないことを考えると、返す返すも残念…。

「フラワーズ・イン・ザ・ダート」 はわが国では起死回生の一発みたいに思われていましたけど、ん~、「オフ・ザ・グラウンド」 より下か…。 「プレス・トゥ・プレイ」 って、最近のポールの音づくりの原点になってるアルバムのような気がします。 ドラムが、ドン!バン!グワシャ~ン!って、ポールが当時のテレビインタビューでうれしそうに話していたことを思い出します。 でもあそこから一連のポール不遇時代が始まりましたよね。

いずれにしても、ここまで繰り返し聴かれるグループ、個人もいないでしょうね。 マイケルの 「スリラー」 が今どんだけ繰り返し聴かれてるのかを考えたら、ん~、だし、マライアだってなんとかだって、数年後にはまったく聴かれなくなる気がする。

残っていく音楽、というものも、これからの人生で見守っていきたいですよね。

2011-11-13 12:41 │ from 橋本リウURL

リウさん
コメントありがとうございます。イギリスが品質重視というのは言い得て妙ですね。私は一時期イギリスはポールを見捨ててしまったのか、と考えた時期もあったのですが、『プレス・トゥ・プレイ』が8位というのはこれは見捨てていないと(笑)。まあこのアルバムはファンにとってはいろいろと語りたいネタ満載ですね。僕はアンチ・マイケル派ではないですが『スリラー』そういえば全く聴く気が起きないですね。あ、『ガール・イズ・マイン』は別です(笑)。僕はあの感じのポールが大好きなので。

2011-11-13 18:00 │ from 管理人URL

前回のコメントでは 記事の内容から逸れてしまい申し訳ございませんでした…
いつも屁理屈ばかり書いている様で すいません…(汗)

ポールのTOP10入りアルバムの実績、本当に圧巻ですね!
TOP10入りするだけでも凄い事ですが、デビューから近年まで長期間コンスタントに TOP10入りしているのは流石です。
解散後のビートルズの人気ぶりも凄いですね。チャートだけ見ていたら、ポールがビートルズと掛け持ちで活動している様な錯覚さえ感じます(笑)

それに特にアメリカですが、ビートルズ時代も含め惜しくも2位止まりの作品が多いのにも驚きました。
これら2位の作品が1位になっていたら… そう思うと 本当に凄いアーティストですね、ポールは…

しかしこうして振りかえると 80年代前半から90年代前半までの特にアメリカでの不調が際立ちますね。
私が洋楽を聴きだした90年代前半、ポールと同じ世代のアーティスト ストーンズ、クラプトン、エルトン・ジョン、ロッド・スチュワート、ニール・ヤング、ペイジ・プラント等々… アメリカでTOP10入りを果たしているのに、なぜポールはTOP10入りの壁を破れないのか ファンとして歯痒い思いがありましたし 本当に不思議でした。

事態が好転したのは、97年の『フレイミング・パイ』でしたね。
全米初登場2位のニュースを雑誌で見た時は 本当に嬉しかったですよ。イギリスでも2位まで上がりましたからね。
やはりビートルズのアンソロジー効果で、ビートルズは当然ながら ポール自体も90年代後半になり、改めて再評価・注目される様になったのだと思っています。


短期間でブームになり、チャートを席巻するアーティストは沢山いますが、長期間コツコツと実績を積み上げているアーティストは なかなかいませんよね。
チャートでポールに続くアーティストだと… 現役ではストーンズ、エルトン・ジョン、マドンナ… といった所でしょうか?

長期間ヒット作を出し続け、世代を超えて愛される存在… そんな高みまで登り詰めるアーティストは ほんの一握りです。
そのほんの一握りの中でも トップクラスの実績を持つポールは ファンとしても誇らしい存在です。

チャートが全てではありませんが、デビューから50年間 休みなく活動を続け、多少のスランプはありながらも 現在までアルバムをコンスタントにTOP10入りさせているポールは やっぱり凄いアーティストですね。

2011-11-14 03:24 │ from テツURL

テツさん
コメントありがとうございます。いつも書いてますが、ポールに関することであればコメント欄に記事と関係のない話も私は大歓迎です、のでテツさん気にしないでくださいね。ご指摘の通り『パイプス・オブ・ピース』から『フレイミング・パイ』が発売される直前までのアメリカでの成績は、ポール暗黒時代と私は呼んでます(笑)。この期間のアメリカでの成績がポールの人気下降に大きな影響を与えたことは確かでしょうね。私は当時から「それなりにいいもの作ってるのになんで?」と思ってきましたが、これについてもまた特集記事で書こうと思います。

2011-11-14 05:40 │ from 管理人URL