FC2ブログ

ローレンス・ジューバー、『バック・トゥ・ジ・エッグ』を語る - Macca Go Go Go! ポール・マッカートニーファンブログ

Macca Go Go Go! ポール・マッカートニーファンブログ ホーム » その他ポールの話題 » ローレンス・ジューバー、『バック・トゥ・ジ・エッグ』を語る

ローレンス・ジューバー、『バック・トゥ・ジ・エッグ』を語る

DMM.com 電子書籍


ウイングスの元ギタリスト、ローレンス・ジューバーのインタビューを見つけたので、ポールに関係する部分だけを抜粋してお届けする。内容からインタビューが行われたのは昨年と思われる。

ローレンス・ジューバーは歴代のウイングス、ポール・マッカートニー・バンドのギタリストの中でも、かなり玄人受けのするメンバーの一人である。彼はウイングス脱退後も特にアコースティック・ギターの名手として高い評価を得ているようだ。ビートルズのカバーアルバムも2枚出している。その実力は以下の映像を見てもらうだけで十分だろう。

While My Guitar Gently Weeps
http://www.youtube.com/watch?v=xCSQn_Xbp-g

ローレンス・ジューバーが参加したポールのアルバムは実質『バック・トゥ・ジ・エッグ』1枚だけだったが、他の作品にはないあのアルバム独特の音、雰囲気は彼の存在なくしては生まれ得なかったのかもしれない。ウイングス現役当時は彼がそんなにすごいギタリストだったとは僕はちーっとも知らなかった。まだまだケツの青いガキだったのである(笑)。

Q:『バック・トゥ・ジ・エッグ』はイギリス的なアルバムと言ってもいいのではないでしょうか?

ローレンス:とてもイギリス的だよ。フェンダー、ギブソン、マーチンのギター以外にアメリカ的なところは全くないし、あったとしても純粋に技術的な部分だけだ。周波数が50ヘルツの場合と60ヘルツの場合とではアンプから出る音自体が違う。電源だけで機材の音が変わるんだよ。プロデュースのやり方とか、ドラムへのマイクの取り付け方なんかはよりイギリス的だった。プレーヤーも全員イギリス人だったしね。『ラム』を聴いてごらんよ。あれはとてもニューヨークっぽいアルバムの音だから。あれはまさにニューヨークっ子たちがニューヨークで作ったアルバムだよ。雰囲気もある種ニューヨークっぽいところがある。あのレコードではデニー・シーウェルが輝いているね。

それとは反対に、僕たちはこの上なくイギリス的な場所、アビイ・ロードでたくさんの曲をやった。ポールは主にミキシングをするためにソーホー・スクエアにあるオフィスの地下にレプリカ・スタジオを作ったんだけれども、そこでも何曲かレコーディングをしている。『デイタイム・ナイタイム』は完全にあそこで録音されたものだ。コーヒー・メーカーがある部屋にはドラムセットが置かれていた。僕が『グッドナイト・トゥナイト』のアコースティック・ソロをやったのもあの場所だった。だから空気感が違っていると思う。

僕が思うに『バック・トゥ・ジ・エッグ』は典型的なロックアルバムであり、フォーク・アルバムであり、ポップ・アルバムであるということ。そして、それは例えば『ヴィーナス・アンド・マース』のようなアルバムとは違って、全くアメリカ人の受けを狙って作られたものではないということだ。それは良いことでもあり、悪いことでもあった。当時はエレクトリックな音は評価されなかったから。このアルバムは1979年には2つ星だった。2010年の今は4つ星だ。月日が経つにつれ、人々は徐々にこのアルバムをポールの全作品の中で再評価するようになり、当時のミュージックシーンで何が起こっていたのかを理解するようになってきたのだと思う。


参考:
Lj Plays the Beatles
Vol. 2-Lj Plays the Beatles


コメント
非公開コメント

お邪魔します。

ウィングスの解散は、ポールの人生をトータルでフラッシュバックした場合、その必然性というものが浮かび上がってくる気がいたしますが、ローレンス・ジューバとスティーヴ・ホリーがいた最終期のウィングスは、1980年代の音を先取りしていた気がしてなりません。 1980年代にウィングスが活躍していれば、ひょっとするとポールの低迷期、というもの自体がなかった気までしてきます。

それにしてもローレンス・ジューバのこの証言で、「バック・トゥ・ジ・エッグ」 が雰囲気的に 「アビイ・ロード」 に似ている、と思っていた裏が取れた気がします。 同時に 「ラム」 のもつ非イギリス的な匂いも。 この人のウィングス分析力は並大抵ではないですね。

2011-01-20 07:27 │ from 橋本リウURL

リウさん
コメントありがとうございます。そうですね~、いろんな意味で1980年という年はポールの運命が大きく動いた年であったと思います。~がなかったら・・・と。あのラフなサウンドのアルバムがリマスターでどう生まれ変わってくるのかも楽しみです。

2011-01-20 22:10 │ from 管理人URL