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ジョン・レノン・ミュージアムの思い出 - Macca Go Go Go! ポール・マッカートニーファンブログ

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ジョン・レノン・ミュージアムの思い出

世界でも珍しいジョン・レノンの公式博物館であり、ヨーコさんも公認のジョン・レノン・ミュージアムが9月30日に閉館してしまった。理由は表向きはヨーコさんとのライセンス契約満了によるもの、となってはいるが、実際は来場者数減少により採算が合わなくなったためではないかと思われる(個人的推測です)。

僕は自分がこのミュージアムのある埼玉県に住んでいることもあり、過去に一度だけ友人のWさんと二人でこのレノン・ミュージアムを訪れたことがある。今から考えると、もしこのときWさんから誘われなければ、僕は一度もレノン・ミュージアムには行かなかったかもしれない。というのも、当時から僕はその入館料(大人1,500円)が高すぎると感じていたし、元々博物館とか美術館といった類いにはあまり興味がなかったからである。それがたとえジョン・レノンの博物館としてもである。

ただ、これがもしポール・マッカートニー・ミュージアムだとしたら、僕は迷わず足を運んでいただろう。つまり、僕のポールとジョンに対する思い入れには最初からそれくらいの開きがあるということになる。やはり僕は根っからのポール派なのである。

さて、このレノン・ミュージアムはさいたまスーパーアリーナという巨大イベント/スポーツ施設の一部にかなりの広いスペースを割いて作られていた。白を基調としたこのミュージアムはとても美しく、そして清潔で凛とした静かな印象を強く残す場所であった。そこはヨーコさんの意思が強く反映された、極めて特別な場所であることがすぐに見て取れた。そして、僕はジョンの公式博物館として、ここは世界中の誰に見せても恥ずかしくない完璧な施設と思ったものだ。僕はヨーコさんと同じ日本人であることに誇りさえ感じたのだった。

そこはヨーコさん自身が特別に日本のファンたちのために用意した、ジョンと彼の家族に関するプライベートな品の数々で占められていた。それらはどれも貴重な品ばかりだったが、僕が最も印象に残ったものが2つある。

一つは、ジョンがミミおばさんに初めて買ってもらったというアコースティック・ギター。僕の記憶にまちがいがなければ、それはポールと初めて出会った教会でのコンサートでも使われたギターである。そのギターを遠くから見た瞬間、友人と二人でそのギターの前に思わず走り寄ってしまったことが昨日のことのように思いだされる(笑)。

そしてもう一つはあのサージェント・ペパーズの撮影で使用された黄色のミリタリー・スーツである。あの歴史的な衣装が、実際に目の前で見れるなどとは僕はそのときまで予想もしていなかったのだが、それをかつてジョンが本当に身にまとっていたと考えるだけで僕は軽い目まいを起こしそうになった。そして、それはちょっぴり小さく見えた。

ヨーコさんの全面協力があってこそ実現した、世界に一つしかない正真正銘のレノン・ミュージアム。それがついに日本から姿を消してしまったことが、僕には残念でならない。なぜなら、今でも日本には僕などは足元にも及ばないほどジョンを愛する人々がたくさんいるからだ。だから、たとえ規模は小さくとも、ミュージアム自体を存続させることはいくらでも可能であったはず、と思えるのである。僕が訪れた当時から感じていたことは、そこは少々広すぎる(コストがかかりすぎる)ということと、入場料が高すぎる、ということだった。もう少し施設を小さくして都内の静かな場所に移転し、入館料を800円くらいに抑えれば、リピーターはわんさか訪れたのではないだろうか、などと思ったりするのである。

レノン・ミュージアムはなくなってしまったが、これからも何らかの形でジョンの魂が日本の地で生き続けることを祈りたい。Thank you John. Thank you Yoko.

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コメント
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お邪魔します。

一度は行かなければ、と思いつつも、結局行けませんでした、最後まで。

1500円プラス交通費(当方、世田谷在住です)を出すのも惜しいほどビンボーだった(笑)、というのはあまり正しい理由ではありません(笑)。
ジョンというのは物質よりも精神性を大事にしていた人であり、博物館、というコンセプト自体に馴染まないものを感じたせいです(うっ、カッコイイ理由…笑)。
ホントーは、いずれ行くよ、いつまでもそこにあるんだろ、ダイジョーブ、いや、疲れ切ってるのに貴重な休みをつぶしたくないわ、みたいな怠惰な感覚、というのが最大の理由かも(笑)。

それでも管理人様の記事を読んで、「サージェント・ペパーズの衣装か! そりゃ見たい!」 という気持ちが突如として湧きあがってしまいました(笑)。 もっと早く記事をアップしていただければ…(八つ当たりしております…笑)。

個人的にそそられていたのはヨーコサンが時々電話をくれるブースで、そりゃ確率的には低いでしょうけど、そこでヨーコサンと話がしたいなあ、なんて考えてはいたんですよ。 自分の渾身の作である、亡きジョン・レノンのユーレイにインタビューした、という詩(?)を公認してもらいたいなーとか、ヨーコサンにはちょっと事務的な用事があるもので(笑)。

まあ現実的な話としては、管理人様のお考えになるように入場者数の減少による経営的な理由なんでしょうけど。
それよりヨーコサンがこの閉館に際して発表したコメントで、このミュージアムをひとところに定住しない、まるで風のような存在としてとらえている、その前衛芸術的なとらえ方が、長年ヨーコサンの行動を見守ってきた私などにとっても、じゅうぶんに納得のできる閉館の理由なのです。
閉館ではなく、この博物館は旅を続けるのだ。
まるで、メンバーが流動的だったプラスティック・オノ・バンドの、コンセプトそのものじゃないですか。

しっかし、一度行っときゃよかったな…(笑)。

2010-10-05 10:56 │ from 橋本リウURL

リウさん
コメントありがとうございます。リウさんのようなファンはきっと大勢いたのではないでしょうか。しかし、一度は見に行く価値のある場所であったことはたしかです。私も閉館をもっと早く知っていたなら、きっとブログで「早く見に行って!」と告知したことでしょうに・・・。近すぎると有難さがわからない、というのは悲しき人間の性ですよね~。

2010-10-05 19:56 │ from 管理人URL

ジョン・レノン ミュージアムが閉館されたのですね。寂しいです。

ジョン・レノン生誕70周年、そして彼が亡くなって30年の節目の年に 誕生日と命日を待たずに閉館とは、色々な事情があったにせよ残念ですね。

私もレノン・ミュージアムには、1度も訪れる事が出来ませんでした。関西在住の私にとっては、東京・関東地区は仕事でしか馴染みがなくて、いつかはオフの日を利用して訪れたいと思いながら叶いませんでした。

でも 実は中学生の時に大阪で、ジョンの遺品を数多く展示した催しがあり見に行った思い出があります。
ジョンのステージ衣装や直筆の歌詞原稿、ジョン・レノンの代名詞とも言えるリッケンバーカーのギター等々、もう夢中になって見て歩いた事を今でも記憶しています。

あの時に、じかに目に触れて経験したジョン・レノン縁の数々は すっかり大人になった今でも良い思い出ですし、ジョン・レノンという存在を心の中にいつまでもとどめておく事に 大きな影響を与えてくれました。

レノン・ミュージアムが閉館した事で、特に若いファンの方々にレノンを身近に感じる場が減ってしまう事に寂しさを憶えます。
また違う形で 様々な場所でレノン・ミュージアムのような催しが開かれると嬉しいですね。

それにしても 表現が適切かどうか分かりませんが、こうしてミュージアムまで作られて「伝説の存在」の様になったジョン・レノンを思うと、ポールの現役っぷりが改めて凄い事なのだと実感します。
ポールが元気に活動している事に感謝しつつ、この機会にジョン・レノンの偉大さにも改めて敬意を表したいと思いますね。

2010-10-08 10:23 │ from テツURL

テツさん
心のこもったメッセージありがとうございます。ポールが今も現役でいることは本当に奇跡のような現実ですよね。僕はジョンやジョージの魂が今もポールを陰ながら支え、後押しをしていると信じています。本当に本当にこれはすばらしいことです。

2010-10-08 21:54 │ from 管理人URL