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ポールの音楽は世界を癒す? - Macca Go Go Go! ポール・マッカートニーファンブログ

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ポールの音楽は世界を癒す?

最近のCNNとのインタビューで、ポールが珍しく音楽と癒しについて語っていたので、その一部を抜粋してお届けする。

「とても幸せなことに、人々は僕のところへ来てこう言うんだよ。『あなたの音楽のおかげでさまざまな困難を生き抜くことができました』ってね。それってある意味すごい事だよね。」

「最近もこんな話を聞いたんだ。ずっと昏睡状態にあった男性が『ヘイ・ジュード』がラジオから流れた瞬間に意識を取り戻してね。『ああ、ヘイ・ジュードだ!』って言ったって。」

「僕がそれを聞いてどんな気持ちになるかは、きっと想像してもらえると思う。それはとても感動的だし、嬉しいことだよ。ただ、もっとすごいことは、僕自身がそれをどうやってやるのかを知らないことだね。」

「リバプールから一人の少年が出て来た。ただお金が欲しくて、仕事が欲しくてあるグループに入った。そしたら、いつの間にか自分たちがやっていることが人々に届き始めて、他のミュージシャンたちが自分たちの曲をカバーするようになっていた…。そして、ついに最高に報われる時がやってきたんだ。実際に自分の曲が人々の身体を癒してるっていうんだからね。」(インタビューここまで)


「癒し」(ヒーリング)という言葉は比較的新しい言葉だ(2~30年前まではほとんど使われなかったと思う)。だが、実は僕はこの言葉があまり好きではない。「~に癒された」「~さんは癒し系だ」などなど。気持ちはわかるのだが、この言葉を使う人間の心理の根底に、自分は癒されてない(自分は傷ついている)。だから癒されたい、いやされたい~、イヤサレタイ~~という一種の叫びにも似た感情を感じ取ってしまうからだ。

自分は傷ついているという被害者意識、甘えの意識の裏返しが癒しを求める姿勢にはつながっていないだろうか?などどひねくれ者の僕は考えてしまうわけだ。ま、あくまでも個人的意見です(笑)。

だが、実は人生とは傷つくことの連続であると言っても過言ではない。そもそも傷つかない人生などあり得ないのだ。傷ついているのはあなただけではないし、私だけでもない。だから傷つく、傷ついたなどと声高に言えば言うほど、それは「私は甘えた人間です。私は人生をナメてます。」と言っているようにしか聞こえないのである。

おっと、屁理屈はこのぐらいにして、音楽を聴いて元気になったとか、勇気をもらったとか、癒された気分になった、というようなことは日常的にごく普通に起こっていることだと思う。僕自身、ポールやビートルズの音楽にこれまでどれだけ元気づけられてきたかしれない。それはポールにどんなに感謝しても感謝しきれないほどのものがある。しかし、それでも僕個人はポールの音楽は基本的に癒しの音楽(ヒーリング・ミュージック)とは少し違うと思っている。

たしかにポールの膨大なレパートリーの中には、純粋に癒し系の音楽と言い切ってもいいような曲もかなりある。個人的には『マザー・ネイチャーズ・サン』、『アイ・ウィル』、『サムデイズ』、『ジャンク』、『ソー・バッド』などの曲は極めて癒し効果の高い楽曲に数えられると思っている。だが、それでも僕個人の意見では、ポールの音楽は癒しの音楽というよりも、やはり元気をもらえる音楽、気持ちが明るくなる音楽という思いのほうが強い。とにかくどこまでも底抜けに明るくポジティブな波長、それがポール・マッカートニーの音楽の真髄と僕は思っているのである。そして実際、ポールの音楽が癒しという観点から語られたことは今までほとんどなかったのだが、これからはひょっとしたらビートルズやポールの音楽が何かのヒーリングに使われるようなことも、案外あり得るのかもしれない、なんて。
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コメント
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お邪魔します。
私は結構、被害者意識の強いほうなので、管理人さんのこの記事には正直堪えました。 別に世の中なめてるとは思ってないんですけどねー(笑)。 でもなんか、自分はいいように利用されてるだけなんじゃないのか、自分ばっかりがいつも損な役回りだ、などと考えることは、多いです。

ただ、そんなふうにネガティブに物事を考えていても、別に何が良くなる、というわけじゃないんですけど。

かえってそんなものの考え方が周囲には微妙に伝わり、関係が何となく悪くなっていくことのほうが多いです。

だから心で怒っていても、心で泣いていても、努めて明るくふるまうようにはしています。 明るく接すれば、気難しい人でも、いつかは心を開いてくれる、と信じて。

おっと、パーソナルな話になってしまいました。

何でもかんでも癒しのカテゴリーで、ポールの音楽も癒しになってしまう、という風潮には、私も眉をひそめざるを得ません。 でもポールの言っているのも、「癒し」 という意味ではなくて、「慰め」 というニュアンスのほうが近いような気がします。 ポールが日本語の 「癒し」 の感覚でその言葉を使ってるような感じがしない、というか。

私も、これまでビートルズやポールの音楽を聴いて、癒されたー、というより、慰められた、と思っています。

特にあまりにつらいこと続きのあと、久しぶりにビートルズの曲を聴いたとき、なんか自分のいちばん居たい場所に戻ってきたような感じがして、涙が出そうになったこともありました。 つくづく、「自分は生まれる前、ビートルズの音楽を聴くためにこの世に生まれて来たいと思って、この世に生まれたんだろうなー」、そう感じるのです。 自分の生まれた年が1965年ですから、ちょうどポールが 「イエスタデイ」 を作っていた時期なんじゃないのかな?(笑) それをあの世から見ていて、「うおっ、こいつらの作る音楽聴きてぇーっ」…とか(笑)。

ダラダラと長い話になってしまいました。 スミマセン。

ただ慰められた、というより、この人たちの音楽を聴いて、人生前向きになっている、というのが、いちばん当たっているかなー。

2010-09-02 12:16 │ from 橋本リウURL

リウさん
コメントありがとうございます。あくまで個人的意見ですからあまり気になさらずに~(笑)。かく言う私も、30才ぐらいまでは傷つきやすく、壊れやすく、落ち込んでばかりの情けない男だったな~などと思いだしたりするわけです。でも、結婚するといろんな意味で弱いままでは生きていられないんですね。少なくとも私の場合は強くなれたと思います。妻や子供に感謝です^^;
癒しではなく、慰めというのは私も賛成ですね。日本語として、そのほうがより近いかと。

2010-09-02 20:51 │ from 管理人URL

ポールの音には癒し力があるかもしれない。というか、ポールという人は、人一倍、癒されたがっているんじゃないのかな。たしかに、Yesterday、 Hey Jude、 I wil、等々、あまたの癒してくれそうな曲の作者だよね、ポールは。吐く息が音じゃないのかと思いたくなるような音の人だってことはわかる。だから、ポールは最高。でも、ポールが心の中で悩んだ悩みは癒されないのかもしれない。それは、ジョンという天才の存在。ポールにとってのトラウマかな。1970年代には、ビートルズはポール・マッカートニーじゃないか、と思っていたけど、世紀がかわったとたんに、ビートルズはジョンだったんだ、と思い知るころになった。たぶん、ポールもそうだと思う。そう思ったほうがよいような気がする。そう認めることが癒しだとおもう。だからといって、ビートルズが、ポールなしで、存在できた、なんて、おもってません。J+P+G+Rがビートルズだったというのが、事実。事実を知ることが、癒ではないのかな?

2010-09-06 10:37 │ from 小林順URL

小林さん
コメントありがとうございます。ポール派を自認する私としては、時間を経るにしたがってますますビートルズはポールだったと(笑)。まあ、これはビートルズファンにとっては永遠のテーマですね。答えは出ません。が、近年のポールのソロ作品に対する再評価の動きは良い傾向だと思います。ポールもかつてはずいぶんといじめられましたからね。そういう意味では、癒されたがっているのはポールというのはさすがに核心をついた発言かもしれません。

2010-09-06 21:05 │ from 管理人URL

私はジョン派ですが、同じジョン派の人には自意識過剰な人が多いなあって上のコメントを見て思いましたw

2015-06-18 02:44 │ from あやURL