FC2ブログ

ポールのアルバム: McCartney II(マッカートニーII) - Macca Go Go Go! ポール・マッカートニーファンブログ

Macca Go Go Go! ポール・マッカートニーファンブログ ホーム » ポールのアルバム » ポールのアルバム: McCartney II(マッカートニーII)

ポールのアルバム: McCartney II(マッカートニーII)




1980年に発売されたポールのソロアルバム“McCartney II(マッカートニーII)”は、個人的に聴く回数が最も少ないアルバムのひとつになってしまうかもしれない。

当時を思い返すと、1978年の「ロンドン・タウン」、1979年の「バック・トゥー・ジ・エッグ」と2枚連続で全米No.1を逃していたポールの活躍ぶりに僕は少なからずフラストレーションを感じていた。

ビートルズ解散後、紆余曲折を経ながらもウイングスをトップバンドに育て上げ、1973年の「レッド・ローズ・スピードウェイ」から1977年の「ウイングス・オーヴァー・アメリカ(旧題:ウイングスU.S.A.ライブ!」まで5枚連続でアルバムを全米No.1に送り込んでいたポール。

残念ながら、僕はポールのソロ活動(ウイングス)における全盛期(1973年~1977年頃)をリアルタイムで体験してはいない。それというのも、僕がビートルズに関心を持ち、最初に買ったアルバムというのが、1977年に発売された「ザ・ビートルズ・アット・ザ・ハリウッドボウル」(ビートルズ初の公式ライブアルバム)であり、僕の中の主要な関心がビートルズからポールに移っていくまでには、それからさらに1~2年を待たねばならないからである。

1978年の「ロンドン・タウン」は全米2位、1979年の「バック・トゥ・ジ・エッグ」は全米8位という成績に終わった。ポールの人気、そしてレコードの売り上げは少し下降線を示しているように見えた。

そして、「マッカートニーII」が発売された運命の1980年という年が訪れる。この年は結果的にビートルズファンたちにとってはまさに厄年ともいえる大きな受難の1年となった。

まずこの年の1月に初のウイングス日本公演のために来日したポールは、成田空港の税関で大麻不法所持のため現行犯逮捕されてしまう。結局予定されていた日本公演はすべてキャンセルとなり、ポールは数日間日本の留置所に拘留されたのち、イギリスに強制送還となってしまったのであった。

これだけでもファンにとっては十分に衝撃的な出来事であったのだが、同年暮れにまるで追い打ちをかけるかのように最悪の悲劇が起こってしまう。そう、12月8日にジョンが凶弾に倒れ、二度と帰らぬ人となってしまったのだった。あれから28年という年月が流れたが、未だにその傷が癒されたとは言い難い。

アルバム「マッカートニーII」は、そんなダブルの悲劇のちょうど中間に当たる1980年5月に発売された。日本での大麻事件後、ポールはウイングスを含むすべての仕事をいったんキャンセルし、しばらく謹慎ともいえる活動休止期間に入っていた。それだけに、日本での逮捕からわずか4カ月後に発売されたこのソロアルバムは多くのファンにとって予期せぬ驚きでもあり、またポールらしからぬその内容ゆえに賛否両論を巻き起こしたのであった。

実際にはポールはこのアルバムの準備を前年の1979年夏頃から始めていた。自宅のスタジオにある16トラックのレコーディング機材を使い、断続的に20曲ほどの作品を「完全に独力で」レコーディングしたと言われている。つまりすべての曲を作詞・作曲・アレンジすることはもちろん、楽器とヴォーカルのパートすべてを多重録音を使って独力で行ない、自らの手でプロデュースまでこなしてしまうという離れ業をやってのけたのだった。もっともポールにとっては、それぐらいのことは朝飯前であったにちがいないが…。おそらく日本での事件後、集中的にこれらの作品に手を加え、最終的に1枚のアルバムとして仕上げたと思われる。

そのタイトルを見る限り、ビートルズ解散直後の1970年に発表されたソロアルバム「マッカートニー」の続編であることは誰が見ても明らかであろう。しかし、そのサウンドは全体的にみれば機械的で単調な印象を強く残すものとなっており、16トラックの最新機材を使って録音されたことがあまり感じられない仕上がりとなっている。古い4トラックの機材で録音された「マッカートニー」のほうが逆にポールらしい手作り感や音の深みが感じられるのは皮肉といえば皮肉である。

チャート面ではイギリスで1位に輝いたものの、アメリカでは3位止まりであった。だが、個人的にはこの結果は出来過ぎであると思える。アルバム全体の出来としては「ロンドン・タウン」や「バック・トゥ・ジ・エッグ」のほうがはるかに優れていると思うからだ。この背景には日本での事件直後で話題が先行していたことや、シングルの「カミング・アップ」が大ヒットしていたことがプラスに作用したのではないかと思われる。

そんなわけで、アルバムという作品単位で見るとき、「マッカートニーII」は僕にとって必ずしも魅力的なアルバムではない、ということになる。しかし、ポール・マッカートニーという天才音楽家の作品をその長いキャリアを通して眺めるとき、このアルバムに収められた作品群は他のアルバムにはない独特の輝きを放ち始めるのである。天才は深いのだ。

好きな曲ベスト5
1. “One Of These Days(ワン・オブ・ディーズ・デイズ)”
  ポールらしいメロディアスなバラード。楽器の使用が最小限にとどめられ、あくまでもポールのヴォーカルがメインとなっている。

2.“Frozen Jap(フローズン・ジャパニーズ)”
  タイトル「氷のような日本人」は日本での逮捕に対するポールの心情を表現しているとされ、発売当時大きな話題になった。英語の原題では蔑称の“Jap”が使われ、邦題では“ジャパニーズ”となっているのも興味深い。力強いビートが印象的なインストゥルメンタル・ナンバー。

3. “Coming Up(カミング・アップ)”
  個人的にはアメリカで発売されNo.1となったグラスゴーでのライブテイクのほうが好きだが…。

4. “Summer's Day Song(サマーズ・デイ・ソング)”
  ポールの幅広い作風、そしてアレンジの妙を感じさせる隠れた名曲。

5. “ボギー・ミュージック(Bogey Music)”
  珍しくポールならではの遊び心を感じさせる1曲。 

参考:McCartney II(マッカートニーII)


コメント
非公開コメント

また早速、コメントさせていただきます。
「マッカートニーⅡ」 は発売当時、予約をすると、幻に終わったウィングス日本公演のパンフレットが特典としてついてくる、というのにつられて予約をとった覚えがあります。
今にして思えばていのいい処分方法なんですけどね(笑)。 それが今となっては、結構レアな代物になっているのかな? 「壽」 と書かれたパッケージに入ったパンフレットです。
当時は、鬼のようによく聴きました、このアルバム。
そのせいで、その評価の低いのにもかかわらず、私にとっては思い入れの強いアルバムで。
私の好きなこのアルバムの曲は、「テンポラリィ・セクレタリィ」「オン・ザ・ウェイ」「ウォーターフォールズ」「ノーバデイ・ノウズ」…あ、ほとんど好きだ(笑)。
特にインスト曲は、のちのファイヤーマンに通じるところがあると思います。 「フロント・パーラー」 とか。 当時としてはテクノ・ポップというカテゴリーを逸脱した、すごい曲だと思いませんか?
「ワン・オブ・ジーズ・デイズ」 は当時の音楽誌で、インタビューを受けたポールが 「ビートルズ以降で最高傑作ができた」 とか話していた覚えがあります。 それ以前にもたくさんあるだろう!って突っ込みたくなりましたが(笑)。

2010-03-26 23:44 │ from 橋本リウURL

橋本さん
コメントありがとうございます。「壽」の日本公演パンフレット、私も持っていましたよ!ただ私の場合友人から譲ってもらったのですが、アルバムの予約特典でついてきたとは知りませんでした。地域限定だったのでしょうか??ということは、橋本さんも日本公演中止に涙を流したお一人ということですね。年齢も近いようです。(私は1963年生まれです)
私もマッカートニーⅡはけっして嫌いというわけではありませんので・・・(汗)。橋本さんと同じでこのアルバム本当に若い頃は本当によく聴きました。

2010-03-27 19:59 │ from 管理人URL

失礼します。
ライブからちょうど2週間経ちましたが、ようやく放心状態やら燃え尽き状態から戻って日常生活になりつつあります(笑)

実は、僕がライブ以降一番聴いているアルバムは、NewではなくこのMcCartneyⅡなんです。
というのも、ポールが登場直前に流れていたTemporary Secretary、これが物凄く気になってしまったからです。
登場前までのリミックスメドレー、ライブでは聞けないけど良い曲だなぁというツボをついていて聞いててとても楽しいなぁとは思っていたんですが
その中でも最後のTemporary Secretary、ポールの登場を今か今かと待ちわびていた時のこの曲のエキサイトっぷりと言ったらなかったです。
今でもこれを聴くだけでドキドキしてしまいます(笑)
あの音源は販売されないのでしょうか・・・?個人的には日本公演のDVD化、そして音源のCD化を強く希望します。

2013-12-03 16:46 │ from 村正URL

村正さん
コメントありがとうございます。『テンポラリー・セクレタリー』は発売当時それまでのポールにないタイプの曲で僕はキライでした(笑)。でもそれも最初のうちだけで、だんだん好きになりましたが。逆に若い人はなんの違和感もなく聴けるかもしれませんね。
開演前のリミックスはなんらかの形で販売されているものと僕は思ってたんですが、非売品もあったのでしょうか?知っている方がいればまた情報お願いいたします。もうこんな時代ですからブートではなく公式で各公演のライブ音源をネットで販売してもいいと思うんですがね。私も自分が行った公演の音源、映像は見てみたいです。

2013-12-04 08:04 │ from 管理人URL

橋本リウ様:「ワン・オブ・ジーズ・デイズ」 は高校時代、毎日毎晩口ずさんでいました。傑作です。あの寂しさが良い。"summer's day song""tragedy"も良い。
temporary secretary remixと、youtubeで検索すると幾つか出て来ますが、スピーカーが無いので判らないw

2013-12-04 12:47 │ from nabiURL Edit

お邪魔します。 管理人様を飛び越えてコメントいたしますが、どうぞご了承ください。

nabi様
高所恐怖症の傷は癒えましたでしょうか。 ホントに酷い席でしたよね。 アレでS席なんてねぇ…。 今度ポールが来たときは絶対リベンジしましょう!

「ワン・オブ・ジーズ・デイズ」 は私もポールの言葉に誘導されたかのように好きになりましたよ。 この曲、途中でアコギのホロ・ボディを 「トントントントン、トトン」 と叩いたあと、(ダブルヴォーカルの片方のほうのポールが)ちょっと早めに歌い出しちゃうところがあるでしょう。 自分も2台のカセットレコーダーで自分の声をダビングさせてコーラスしていた経験があるので分かるのですが、途中でリズムが分からなくなってしまうことがたまにあるんですよ。 だからあれはポールの勇み足だと、今でも思ってます。 でも 「このほうが味があっていい」 とポールはそれを残したんだと思っています。 最後のヴァース、「♪エヴァアーフター」 のところもなんとなく 「出ようか出まいか」 と迷ってるポールを感じる(笑)。 これがいかにもホーム・レコーディング風でいいんですよねぇ。

村正サンがシビレタあのリミックスですが、最初のうちはなんだかヘタクソなほかの人のビートルズカヴァー集みたいで、なんとなく 「なんだよコレ」 と思って聞いていたのですが、だんだんとオリジナルが混じっていって、ポール登場が近い!と思わせる演出をしてましたよね。
まあ、2002年のプレ・ショウのほうがワタシ的にはよかったですが(ハハ…)。

2013-12-06 07:08 │ from 橋本リウURL

再度失礼します。

橋本リウ様、うーん、やっぱり羨ましい(笑) ただ、2002年の時では恐らく僕はYesterdayとHeyJudeくらいしか分からなかったと思います。
行きたかったという悔しさがある一方で、行ってもあの頃の自分では理解出来なかっただろうというなという諦めもあります(苦笑)

管理人様、確かに、昔のアルバムから順に聞いていってMcCartneyⅡに辿り着いた時は異質さに驚いたし、Temporary Secretaryも違和感は感じたのですが、ああ、テクノとかが流行った時代だからなんだなぁと割とあっさりと受け入れた気がします。
プレショウですが、英語のサイトも含めて探し回ったのですが、やはりライブを録音した音源しかありませんでした…
ただ、ニューアルバムが出て初めてのライブなので、映像化、CD化がいつの日か発表されることを強く願い(でも失望したくないのであまり期待せず笑)つつ待ちたいと思います。

2013-12-10 17:37 │ from 村正URL

http://blogs.yahoo.co.jp/myokazu2005/66750829.html 開演前の興奮を思い出して下さい。

2013-12-11 12:39 │ from nabiURL Edit

お邪魔します。 また管理人様を飛び越えてコメントしてしまいます。 失礼の段お許しください。

村正様、プレ・ショウの映像は、「Back in the U.S.」 のDVDで、ほんのチラッとですが出てまいります(ホントにチラッと…笑)。 私にとってはやはり極上の思い出でしたね。 このプレ・ショウでは、ファイアーマンの音源が使われていたみたいです。

この時は、シャウトしまくり一緒に歌いまくりでもまったく問題なかったです(笑)。 何しろ2階の遠~~~い席なんかより、音量が全く違ってましたもん。 かなり大声出しても、ポールの声もよく聞こえた。 それに比べりゃ今回は、フツーに歌っていて前の席からクレームが来るのも仕方ないくらいの音量。 極上の思い出の次は、サイテーサイアクの思い出(笑)。

次はネット先行予約を見限って、ひたすら電話予約というアナログな方式にしてみようかと思っています。 2002年がまさにその方法でゲットした極上の席だったので。 いや、今回は余裕こいて締め切りの前々日かなんかに予約したのがまずかったのかも。 たぶんネットでも電話でも、受け付け開始から速攻で動けば何とかなるのかもしれませんね、いい席ゲット。 誰かそこらへんの事情を知っているかたはいらっしゃいませんでしょうかねー。

2013-12-14 07:32 │ from 橋本リウURL