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ジョンの遺言 その2 - Macca Go Go Go! ポール・マッカートニーファンブログ

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ジョンの遺言 その2

前回のプレイボーイインタビューの続きである。
ポールについてかなり多くを語っている。
(個人的には特に2人で一緒にテレビを見ていた、というあたりが印象的だった)

ジョンのインタビューを読んでいていつも感じるのは、非常に頭がよい人だということ。とにかく切れる。また発言が時にショッキングでウイットに富んでいるのも魅力である。
過去を振り返らない姿勢、ビートルズで得た名声や地位を全くもって意に介していない潔さには爽快感さえ覚える。現在のロックシーンに彼と比較できるような人物は果たしているだろうか?
答えはノーである。
僕たちは、やはりたいへんな人を失ってしまったのだ。
時計は25年以上も止まったままなのである。



再会コンサートを開けば何百万ドルか払うという話があったのは別にして、4人が一緒にテレビの「サタデー・ナイト・ライブ」に出てくれたら、気前よく3200万ドル出すとプロデューサーのローン・マイケルズが言ったとき、どう思われました?

(ジョン)「ああ、あの話ね。ポールと僕は一緒にあのショーを見てたんだ。ポールがダコタの僕の家に来ていてね。テレビを見ながら、スタジオに行ってみようかって話になったんだ。ギャグとしてだよ。もう少しでタクシーを呼ぶところまでいったんだけれども、僕たちくたびれすぎていたからな。」

ふたりでテレビをたまたま見ていたというのは、どういうことなんです?

(ジョン)「ポールがギターを下げて、僕の家によくやってきていた時期のことだよ。僕はポールを家の中にいれていたんだが、ある日とうとう、こう言ったんだ。「来る前に電話をくれよ。もう1965年じゃないんだし、人の家に来るってことも、あの頃とは違うんだ。いいか、電話をしてくれよ。」ポールはこう言われて怒ったんだけれども、僕はいやみを言ったつもりじゃなかったんだ。僕は一日中子供の世話をしていたものだから、そこへ人が尋ねてくるとね…。それはともかく、その晩の話に戻ると、ポールとリンダがフラッとやってきて、ポールと僕はそのショーを見てたんだよ。それで、『二人でいってみたら面白いかもしれんぞ』ってことになったんだけど、結局行かなかったよ。」

で、それがポールに会った最後ですか?

(ジョン)「そう。でも、そんなつもりで言ったんじゃなかったんだけどね。」

私が聞いたのは、ビートルズは、互いに恐れている敵同士なのか、それとも親友同士なのかという詮索が盛んにされているからなんです。

(ジョン)「どちらでもないね。もう憶えていない位長い間、僕はビートルズの仲間の誰とも会ってないな。ポールの最新アルバムの感想を聞いた人がいたんで、ポールは落ち込んでいて、悲しんでいると思うよ、というようなことを言ったんだけれども、その途端、自分がアルバム全体を聴いていなかったのに気がついたんだ。僕が聴いたのは、ヒットした『カミング・アップ』だけで、こいつはいい仕事だと思ったね。そのあと、ポールが落ち込んでいる感じを受けた別の曲を聴いたんだね。
でも、僕は連中の仕事をずっと聴いているわけじゃない。ウイングスの仕事ぶりに関心を持っているわけじゃないんだ。ウイングスが何をしようと知ったことではないし、ジョージの新しいアルバムがどうなろうと、リンゴが何をしてようと、僕の知ったことじゃない。関心がないんだ。エルトン・ジョンやボブ・ディランがしていることに関心がないのと同じにね。冷淡というわけじゃなくて、自分自身の人生を生きるのに忙しすぎて、他人が何をしているかを追っかけている暇がないのさ。その人たちがビートルズだろうが、大学の同級生だろうが、ビートルズをつくる前に非常に親しくしていた連中だろうがね。」

マッカートニーがビートルズ解散以後に作った曲をどう思います?『カミング・アップ』以外では?

(ジョン)「新しいバンドを作り、小さなダンスホールで演奏して、もう一度初めからやり直したポールの生き方を、まあ尊敬しているな。ビートルズにそうさせたいと、ポールは考えてたんだからね。僕らにダンスホールに戻って、もう一度あの場所を経験させたがっていたんだよ。でも、僕はそう思わなかった…。ある意味では、ポールがあらゆることをもう一度体験してみたいと考えていたことが問題のひとつだった…。僕にはそれが何だったかはわからないんだが…。ただ、僕はポールが高いところから下りてきた、そのやり方に、まあ感服しているんだ。今またその高いところに戻っているけれども。僕が言いたいのはポールは自分がしたいと思ったことをしたということなんだ。それはそれでけっこうなんだよ。ただ、僕がやりたいと思ったこととは違うだけなんだ。」

音楽そのものはどうですか?

(ジョン)「『ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード』が最後かな。もっとも本当に聴いたとは言えないんだけどね。」

マッカートニーの作品は聴いたことはないと言われるし、レノン家での例の夜以来本当の意味では話をしたことがないというわけですね。

(ジョン)「本当の意味では話をしていないね。こいつは効き目のある言葉でね。本当の意味では、10年ほどポールとは話してないな。ゆっくり一緒にいたことがないんだ。僕は他のことをしてきたし、ポールもそうだった。ポールは25人かかえてるし、レコードも2000万枚ほど出したんだよ。話をして時間をつぶすなんてことはできっこないよ。ポールはいつも仕事をしてるのさ。」

じゃ、ふたりが一緒にした仕事の話をしましょう。大ざっぱにいって、ソングライターとしてのレノン・マッカートニーのチームで、それぞれの役割はどういうものだったんですか?

(ジョン)「そうね。明るさ、つまり楽観的なものはポールの受け持ちで、僕はいつも悲しみ、不調和、ある種のブルース的な感じをねらってたね。僕はメロディを書いていないなって考えていた時期もあったね。メロディを書いてるのはポールで、僕は騒々しいストレートなロックを書いてると思った時期がね。そりゃもちろん、僕自身の歌のいくつか、たとえば『イン・マイ・ライフ』とか、初期の作品、たとえば『ジス・ボーイ』なんかを考えると、僕は誰にも劣らずメロディを書いていたんだな。ポールはすごく練習を積んでいて、いろんな楽器ができた。で、よく『そこんところを変えたらどうだ?君はその音をこの歌で50回も使ってるぜ。』って言ったもんだよ。僕はひとつの音をつかんで、そいつを徹底的に強調するからね。それに、歌を、ポールが思いついたストーリーをどう発展させるかは、僕の受け持ちだったな。僕の分は、“真ん中の8行”つまりブリッジだという歌がたくさんあるよ。」

たとえば?

(ジョン)「『ミッシェル』がそうだよ。ポールと僕はどこかへ出かけて泊まってたんだが、ポールが部屋へ入ってきて、歌詞をつけて最初の何小節かを口ずさんでから、『この先をどうしようか?』って言ったわけさ。僕はニーナ・シモンを聴いてたんだけれども、彼女の歌の中に『アイ・ラブ・ユー』ってのが出てきてたんだ。それで、僕は『ミッシェル』の“真ん中8行”を思いついたのさ。“アイ・ラブ・ユー、アイ・ラブ・ユー・アイラ~ブ・ユー”」

歌詞から見て、二人の差は何でしたか?

(ジョン)「僕には、いつも歌詞のほうが楽だったね。もっともポールも有能な作詞家なんだけど、本人がそう思ってないんだよ。だから作詞には手を出したがらないんだ。問題に正面から取り組まないで、避けて通ろうとするんだよね。『ヘイ・ジュード』の歌詞は立派なものだよ。僕は一切手伝わなかった。ポールが考え出した2、3節を見れば、いい作詞家だという兆候が出てるんだ。でも、ポールはどうしてもそいつを活用しなかったんだ。でも初期の時代は、歌になんとなくテーマがあれば…彼女が君を愛し、彼が彼女を愛し、誰もが互いに愛し合ってるといったようなものだけどね、歌詞のことはあまり気にしなかったんだよ。僕たちが追求していたのはサウンドだけだった。今でも僕はそう考えているけれども、僕は歌詞を放りっぱなしにはできないんだ。歌を離れても筋の通る歌詞を作らなくちゃいけないんだ。」
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