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あこがれのホテルオークラに宿泊 前編 - Macca Go Go Go! ポール・マッカートニーファンブログ

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あこがれのホテルオークラに宿泊 前編

僕の人生でただ一度きりの「追っかけ」。それは1990年にポールが初来日したときのことである。(ビートルズとしての来日は除く)

今でこそ当たり前のようになってしまったポールの来日だが、当時のファンたちにとってはそれこそ一生に一度の大事件に思われたものである。

その背景には、1980年のウイングス初来日時における大麻不法所持による逮捕およびコンサート中止というショッキングな出来事があった。当時高校生だった僕は、大阪フェスティバルホールの立ち見券だけはなんとかゲットしていたが、このときばかりは「ポール、なんということをしでかしてくれたんだ」と半べそをかきながら虚ろな目でテレビのニュースを恨めしそうに観ていたのを思い出す。

その出来事が意味したもの。それは、ポールは2度と再び日本の土を踏むことはできないであろう、という一般的な観測だった。悲観論かもしれなかったが、常識的にみてその考えは正しいと思われた。来日コンサートという観点からすれば、ポールは取り返しのつかないことをしでかしてしまったのは間違いがなかったのだ。ポールのライブが観たい人は海外に行くしかない。それが当時のファンの間では共通認識に取って替わっていった。

しかし、事実は小説よりも奇なりだ。永遠に不可能と思われたポールの来日公演がそれから約10年後の1989年にアナウンスされたのだ。
東京ドームのみでの6公演。当時横浜に住んでいた僕は、まるで神にでも導かれるように先行情報をいち早く入手し、4公演分のアリーナ席チケットを確保した。それはまさに奇跡が起こった瞬間だった。

ポールの宿泊先は東京虎ノ門にあるホテルオークラ東京だった。
一生にただ一度のチャンス…。
ポールの姿を生で一目だけでも見ようと、僕は公演の数時間前に友人と一緒にホテルオークラを訪れた。なりふりかまわず一生に一度の追っかけを敢行したのだ。

ホテルの前には50人ほどのファンが集まっていた。警備は厳重で当然ホテルの敷地内に入ることは許されない。数人のファンに聞いたところ、ポールは毎日ここから出てくるはずだという。今回初めて自分の目で確認したのは、そこは別館の正面玄関であったということだ。

僕たちファンは玄関から約10メートルほど離れた植込みの後ろに陣取り、ポールが出てくるのを待ち構える。まさに手に汗を握る瞬間である。

突然空気が変わり、あたりがざわめきと歓声に包まれる。ポールだ!まちがいなくポールだ!内側から温かいものが湧き上がってくる。彼が、目の前にいるという事実だけで胸がいっぱいになる…。

かたやポールはいつものように底抜けに明るい。ポールはどこへ行ってもやはりポールだ。待っているリムジンにはすぐには乗り込まず、「オスッ!」「コンニチワ」などと僕たちファンに向かって手を振りながら声をかけてくれる。ありがたや、ありがたや。生き神様を拝ませていただいているような気分になった(笑)。

後編に続く


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