FC2ブログ

大いなる啓示の時代 その3 - Macca Go Go Go! ポール・マッカートニーファンブログ

Macca Go Go Go! ポール・マッカートニーファンブログ ホーム » 未分類 » 大いなる啓示の時代 その3

大いなる啓示の時代 その3

日本ではUFOはまだしも、宇宙人の存在を真剣に語りだしたりでもしようものなら、「こいつちょっと頭がいかれてるんじゃないか?」などと思われても仕方のないところがある。それは宗教一般についても同じような事が言えるのだが、僕自身が子供の頃から一番関心を持っていたのが実はUFO、宇宙人、霊魂の存在、超能力、宗教、精神世界等の分野であった。
特にUFO、宇宙人の存在については、一時期のUFOブーム以降、次第にインチキというレッテルを貼るのが一般的になってしまっていたように思う。これは本当は悲しむべきことなのだが、僕もいつしか年を取り、結婚して家族を持つようになると、目の前の現実、つまり日々の生活に流されていくようになっていった。つまり夢を追い求めるよりは、今日食べるパンのほうが大切というわけだ。

しかしである、つい最近になってUFO、そして宇宙人の存在が世界中のあちらこちらで真剣に語られていることを僕は知るに至る。しかもその情報というのが非常に具体的かつ詳細なもので、少なくとも十分に検討に値すると思われるものが多い。その媒体として主たる役割を果たしているのが、現代の最も強力な情報ツール「インターネット」である。ネットで見つけることのできる膨大な情報から僕が悟ったのは、UFO、宇宙人関係の情報は姿を消すどころかむしろ増え続けており、自分がその気にさえなれば、アクセス可能な情報は「常に手の届くところにあった」ということだった。ただ自分が怠惰なだけなのであった。

しかしながら、僕はもはや12才の少年ではない。それなりの人生経験も積み、語られる言葉が真実の響きを持つかどうかは多少なりとも判断がつくようになったと思う。要するに「簡単には騙されないぞ」と思っているわけなのだが、それでも「ふーん、なるほど」と感心してしまうような事が多々あるのだ。

以下は渡辺大起氏の著作「宇宙船天空に満つる日」からの抜粋である。
ここに書かれていることをすべて信ずる必要はないと思う。「それ」が起こるかどうかはあくまで仮定として頭の片隅に置いておくだけでよい。それよりも大切な事は、これらの言葉の中にあなたが自分にとって役に立つ知恵を見い出せるかどうかであると思う。(ちなみにこの本は1993年に出版された!)


●現在の古い地球文明の保持は、今の人類の知恵や科学技術では、絶対に不可能である。それは、着手する時期が遅れたから不可能になった、ということではなく、本質的に不可能であるという意味である。
というのは、現在の地球人類の文明の姿、社会のあり方は、すべて私たち一人一人の心(マインド)が形をとって表に現れ出でたものだからである。
戦争、環境破壊、資源の浪費、社会問題等、現在の人類にとっての深刻な状況は、われわれ地球人の一人一人の心のあり方と密接な関係があり、いくら形になって現れたものだけを改良しようとしても、どうにもならないのである。

●現在、地球と人類は「進化の大周期」を迎えており、私たち地球人類の心・魂そのものが、今までのレベルを卒業して、一段と高いレベルに入るという、きわめて大切な時期を迎えているのである。
したがって、現在までの数千年間にわれわれ人類の心から現れ出で、今の姿を呈しているこれまでの地球文明の姿は、一度原点に戻らなければならない。都市も、農村も、科学技術も、政治や経済のシステムも、すべてが崩壊しゼロに戻る時は、刻々と近づいている。
しかし、これは決して悲しむべきことではない。
古い文明にしがみつく心からは、まさに「世の終わり」そのものと映るかもしれないが、人類の心・魂は不滅だからである(そして、地球自体、さらにさまざまな動植物の魂も)。

●地球と人類は、今まさに「古い教室」での学びを終えて、「新しい教室」で新しい段階の学びを始めようという時にいるのである。したがって、これまでの古い学びに必要であった道具も、もう不要になるということは理の当然であろう。(中略)これらの道具は既にその役割を終えつつあり、私たちの心が一大進化をとげようとする「チェンジ」の時に、そのもともとの姿であった「無」に還るのである。 その時、これまで自分たちの心が生み出した「形」に縛られていた地球と人類の魂は軽く、自由になり、そのバイブレーションははるかに高いものへと上昇する。そして、新しい地球で新しい人類の心が、まったく新しい段階の「形」をゼロから生み出していくのである。
地球と人類は、今、このきわめて大切な「チェンジ」の時にいる。

■次は、著者の一人が、1990年11月2日、金星の“長老サナンダ”という宇宙人とコンタクトした時の内容だという。

現在、地球と人類は「大変動の期(とき)」を迎えている。
この大変動を通過することにより、今までの古い文明はいっさい崩壊し、消滅する。地球そのもの(地球自体も巨大な生命体)とその上にのる人類、動植物、いっさいのもののバイブレーションは飛躍的に上昇し、新しい周期(新しい世界)へと入る。
この大変動は、具体的には1991年より始まる。この期に、地球と人類の、これまでのいっさいのカルマが噴き出し、そして消えていく。
地球上は、一時期、カルマの噴出によって大混乱の状態となる。しかし、それは全て、地球と人類が生まれ変わる姿であり、「新しい世への道」である。
宇宙では、この大変動を迎える地球と人類に対し、総力をあげて援助する準備を備えている。「最後の期(とき)」に人類は救われる。

●宇宙人は、“地球のことはすべて地球人の自由意志に任せる”という宇宙の法則を最大限に尊重するが、地球人の愚行が地球そのものを破滅させる瀬戸際にまで至った場合には、影響力を行使することもある。

●より高次元の波動の世界の特徴の一つは、その人の心(マインド)のあり方と物質的表現が、より直接的に結びつくということである。

 われわれの粗い波動の世界では、物質の慣性力がたいへんに強く、われわれの心の状態がただちに物質的表現(形)に現れるということがない。したがって、われわれは心の状態とは正反対の言動をすることもできれば、心の探究をなおざりにして、物質科学にのみ邁進することもできた。
しかし、その結果は、遅れても必ずやってくるのであり、その結果を、さまざまな形で受け始めているのが、今の人類の状態といえるであろう。
 これに対して、より高い波動の世界では、心の結果はただちに形に現れ、嘘をつくということができない。

●地球と人類は、このような大変動を実に六回もくりかえしてきたという。(中略)
今回の七回目は、進化のための最後のチャンスであり、もしこれに失敗すれば、地球と人類の行く手には恐ろしい未来が待ちかまえているのである。

●悪の力は地球の破壊を企てています。(中略)
宇宙には“悪なる働き”をする存在があり、(中略)彼らの名は“オリオン”および“ルシファー”。(中略)
ルシファーは、自我の愛からくる人類支配、宇宙支配の欲望を達成するために“神の御名”を利用し、その霊感を受けた多くの地球上の宗教家や指導者たちもまた、神の名に自分の組織の都合を織りまぜて使うようになった。
しかし、もとはといえば、われわれ地球人類の心の中に、オリオンやルシファーの波動に呼応するような自我欲が潜在していたためであるが、オリオンやルシファーの強力な霊感は、地球人類の心に潜む我欲の心を徹底的に形としてひきずり出し、われわれ地球文明は、物質的にも精神的にも、このように歪んだ姿となってしまったのである。

●この大変動、すなわち、精神的発達と物質的発達のアンバランスからくる歪みの噴出は、地球という星の中だけに留まらず、太陽系全体のバランスにも深刻な影響を与えるのである。なかでもそのアンバランスの最たるものは、“原子をもてあそぶ力”の発達、すなわち原子力の開発であった。

●地球と人類は、一大進化過程の大周期に突入しているのです。
この大周期においては、地震、噴火、洪水、津波、ハリケーン、異常気象など、前代未聞の現象が地球上の各地に続発し、これに人為的な大事件が加わり、さらには、大規模な“地球の急激な変動”をきたすでしょう。

●各遊星は、それぞれが創造主によって創られた一種の“学校”のようなものであり、そこには学校のレベルにふさわしい魂が集まり、転生をくりかえしながら、魂を進化させてゆくのである。

●学びの場である遊星自体が一大進化をとげるとき、その上に生きるわれわれ自身もまた、新しい学びの場にふさわしい魂へと進化せねばならない。

●人類は、地球上で唯一自由意志を与えられた意識的生命体である。(中略)
自由意志を与えられるということは、進化を拒否する自由も持つということであり、古い場にしがみついて、新しい進化の場に入るのをあくまで拒むのも人類の自由ということになる。

●ハイテクを駆使した機械類に取り囲まれ、額に汗して働くこともなく、科学の発達によって食料も資源もエネルギーも無限に手に入るユートピア‥‥‥これは、まさに、古いバイブレーションの延長でしかない。
 新しい世の、真の姿は、もっと素朴で、シンプルなものである。“古い世の未来像”が思い描く物質的な豊かさとはおよそかけはなれた、古い世の眼から見れば、むしろ貧しいとさえ言いうる世界である。

●これからは役割を終えた古いバイブレーションの物質的表現が崩壊してゆく姿が、全地球上で展開されていくことになる。
それは、あるいは火山の爆発や地震、暴風雨といった自然現象の姿をとり、あるいは人と人、国と国との争いや環境破壊といった人為的現象の姿をとるであろう。 これらの姿は、古い世のバイブレーションに執着する心から見ると、まさにノストラダムスの大予言にあるような“古い世の崩壊”の姿に映るかもしれない。しかし、新しい世の眼から見ると、これらは、古い世のすべての姿・形(現象的表現)が洗い流され、浄められて消えていく姿なのである。

●われわれの地球は過去六回も失敗の世の終わりを迎えており、その間に積もりに積もったカルマは、膨大な量に達している。そして、今回は、それらすべてが眼に見える形として現れてくるのである。(中略)
そして、これら一連のプロセスの最後にくるのが、物理的な“地軸の大転換”である。

■著者が宇宙から受けたメッセージ。

●人の思いは、そのまま形となり、外に現れ、人は、その“形をとった自らの心”に対面せざるをえません。
そして、そのこと自体、また、それにより現れいでた形自体には、本来、善いものも、悪いものもないのです。(中略)
 人は、その形となって現れいでた自らの心より、喜び、苦しみ、楽しみ、怒り、愛‥‥等々、さまざまな感情を受け取ります。そして、実はこれが、魂が磨かれていく重要なプロセスなのです。

●この消えてゆく姿の中に、人は過ぎ去った古い学びの星の時代に、自分たちの心がどうであったか、そして、それがどんな結果をもたらしたかを、まざまざと見ることになるのです。
その姿を見ることは、新しい時代の新しい星での新しい学びに対して、大きな大きな助けとなるのです。
人は、今までの心のあり方を、骨身に徹してわかり、その魂に刻み込むことにより、新しい時代における心のあり方を、確実に身につけてゆくことができるのです。

●では、この大浄化の期(とき)、すなわち、古い地球のすべてが消え去り、新しい地球へと移行するチェンジの期にあって、われわれはどう対処すればよいのだろうか。
戦争、環境破壊、政財界の行き詰まり、腐敗、凶悪犯罪‥‥等々、われわれは、このようなニュースを耳にすると、ついそれらを“悪”と見なして攻撃的な態度をとりがちであるが、それでいいのだろうか?
このような点については、次のようなメッセージを受けた。古い世の、古い形に対して、憎しみの心を投げつけるのは、まず一つの段階であり、反省はそこから始まる。
けれども、いつまでもそこに留まっていてはいけない。
つぎには、なぜこのような、人々を苦しめる“古い形”ができあがってしまったかを考えること。
そうすれば、それらはすべて“人の心”の中にその源を持ち、そして、その“源の心”が自分の心の中にもあり、自分とはまったく無縁でないことを知る。(中略)
人はその“形”が、実はおのれの心の鏡であったことを知り、おのれの心そのものを、まことに知ることになる。

●今の世界の激変を、現象的、表面的な眼で見ると、それは共産主義の崩壊、民族主義の台頭、自由化要求‥‥等々に映るかもしれない。あるいは、激動の陰に、大資本や武器商人、ある種の組織(カルト)の暗躍をうかがう人もいるかもしれない。
しかし、宇宙人の言葉は、そのような見方が、すべてできごとの表層にとらわれた、ごく浅いものでしかないことを明瞭に物語っている。世界を動かしつつある潮流の源は、全人類の一人一人の意識の底を流れる底流が、大きく変化を始めたところにあるのである。

●百匹目のサル(『生命潮流』ライアル・ワトソン著)

日本の九州東岸に幸島という小島があり、そこには類人猿の研究を目的として、ニホンザルが集団で飼育されていた。
このコロニー(集団)で、ある日、若いメスザルが、エサのサツマイモについた砂を、水で洗って食べるという方法を発見する。
その後、彼女の研究はさらに進み、サツマイモを海水で洗うようになる。つまり、砂を落とすとともに塩味をつけるという二重の発明に進化する。
最初のうちは、この発明は発明者の周辺にボツボツと伝染するだけであった。ところが、海水でイモを洗うサルの数がある頭数を超えたとたん、この方法はコロニー全体に爆発的に拡大し、その日のうちに、集団のほぼ全員が、イモを海水で洗って食べるようになった。
 そして、さらに信じがたいことに、この風習は、空間を超えて、別の島のサルのコロニーや、九州本土の群れの中にさえ、自然発生するようになったというのである。

●われわれの身体は、物理的に見れば、せいぜい数十キログラムの炭水化物のカタマリにすぎない。
しかし、その心は奥深く、はるか深部で、広大な人類意識につながっている。この点は、今世紀の初めにユングが指摘し、さらに、トランスパーソナルな心理学等で明らかにされつつあるとおりである。
われわれの心に湧く想いは、われわれの物理的身体ほどには個別化されてはおらず、深層で人類意識全体の影響を受け、また人類意識全体に影響を与えていくこともできるのだ。
そして、さらに、われわれは、その根元において地球上の全生命、さらには地球という巨大な生命体そのものとも一体であり、お互いに強く影響し、影響されているのである。

●いま、地球の波動は、その根底から大きく変化し始めている。
地球上の全生命・全人類も、意識の深層ではそのことを確かに感じ、人類意識の底流は大きく変わり始めている。
現象的・表面的な流れだけを見ていると、世界は混沌に向かっているように見えるかもしれないが、けっしてそうではない。人類意識の大きな流れは、確実に新しい世の波動をとらえ、その方向へと急速に展開している。
新しい世の光りは、もうわれわれの身の回りに、そこかしこに射し込んでいる。(中略)
まず最初に注目したいのは、人類意識の中に、「すべてが一体である」という考え方が急速に明確になってきた点である。(中略)
そして、もう一つの大きな転換は、人類意識が「魂の不死」を受け入れ始めた点であろう。

●素朴な科学的合理主義の立場からすれば、人間の身体は物質のカタマリであり、その思考も、脳の中を走る電気パルスの集合体にすぎない。そして、なんらかの原因でこのシステムが破壊されると、人は死に、残るのは物質のカタマリのみである。
科学者の中でも思慮深い人は、けっしてこのような単純な考え方に満足してはいない。しかし、われわれ一般人は、科学の成果のアウトラインのみを単純に、根拠なく信じ込んでしまうクセがあり、不死なる魂の存在や輪廻転生などは、大昔の迷信として葬り去ってしまうか、あるいは少なくともウサンクサイ考え方であると見てしまう傾向があった。

●この宇宙的な視野から見れば、物質次元の肉体は、魂がその進化のために一時的に選びとる着物にすぎない。
魂は、自らの自由意志で、ある特定の肉体という着物をまとい、一定期間を物質世界で過ごす。そして、その肉体での学びが終わればその着物は脱ぎ、その生で得た学びを反省し、次の生での学びの準備をする。
この考え方はこれまでの地球的発想からすれば、まことに荒唐無稽なものに映るかもしれない。
ところが、最近になって、地球上の各地で、このような考え方の方が真実かもしれないということが、急速に認識されだしたのである。

●『輪廻転生――驚くべき現代の神話』(人文書院刊)

この本は、カナダの最高学府であるトロント大学医学部の精神科主任教授、J・L・ホイットマンと、ジャーナリストのJ・フィッシャーの共著で、二十年以上にわたる豊かな臨床例をもって“輪廻転生”を実証したものである。
 しかも、実証だけでなく、さらに一歩踏み込んで、人の魂は、生と生との間、つまり中間生で、次の肉体的生が魂の向上のために、もっとも実り豊かなものとなるように計画を立てるということを明らかにした、まさに驚くべき書である。(中略)
数多くの臨床例を通じて浮かび上がってくるのは、人の魂は不死の存在で、永遠の進化向上を求めており、カルマを進化のための手がかりとして、自らの自由意志で次に宿るべき肉体や境遇を選んでいく、という厳然たる事実である。(中略)
魂は自らの進化向上のために、たとえ次の生が現象的にはつらく苦しいものであっても、積極的にそれを選びとる。

●その日、その時、地球を覆うほどに膨大な数の宇宙船と空飛ぶ円盤が訪れる。(中略)その時、地球上の電気系統、通信網、交通網等々、今まで人類が営々と築き上げてきた科学文明は、すべてが一瞬にしてその機能を停止する。(中略)
しかし、けっして慌てたり、恐れたりする必要はない。彼ら宇宙人は、地球を攻撃に来たのではない。限りなき愛と援助の手をさしのべに来たのである。

●宇宙船が天空に満つるそのとき、恐怖心で心を閉ざすか、それとも心を開いて直感力を働かせるか、それにより、その後のあなたの運命は大きく変わっていくのである。
その時、宇宙船からは“ある声”が放送される。(以下は要約)
現在、天空を満たしている宇宙船は、この太陽系の遊星はもちろん、他の太陽系の遊星からも、私たち地球人に援助の手をさしのべるためにやってきたのである。

地球は進化のための世の終わりを間もなく迎えます。地球の地軸が、数日後に急激に傾きます。その際には、地震、津波などの大変動が起こります。

この放送をお聞きのみなさんは、これから指定する地点に向かって、すみやかに出発してください。たとえ集合地点に到着できそうになくても、その地点の方向に向かって進んでください。その地点に向かって進んで行くという「意志」が大切です。

天からの声は、以上のような内容をくりかえしくりかえし放送する。そして、この放送が終了すると、全天を覆いつくしていた宇宙船は、一瞬のうちにすべて消え去ってしまう。
と同時に、地球上の電気系統、交通網、通信等々、いっさいの地球文明が一斉にもとの状態に戻る。(中略)
天空から宇宙船が消え、文明の利器がすべて旧状に復すると、人々は先ほどのショックもどこえやら、また元どおりの生活を始めようとするだろう。
ここに一人一人の信が問われるときがくる。
宇宙船からの放送を通じて、ただちに指定された地点に向かって進み始めるか、それとも、あれは何かのイタズラか集団幻覚さと否定して、今までの生活に戻っていくか。このどちらの道を選ぶかは、全世界の人々一人一人の、まったくの自由意志であり、この点については宇宙人はなんらの強制もしない。

●乗船した人々は、太陽系の他の遊星、あるいは宇宙母船の中で暮らし、新しい時代をきりひらいていくための教育を、宇宙人より受ける。(中略)
待避期間が過ぎ、新しい地球が、人間が暮らせるほどに安定してくると、人々は再び宇宙船に乗せられ、新しい地球へと帰ってくる。この時、もはや地球人は昔の地球人ではない。(中略)完全にクリーニングされた新しい地球の上に戻った人は、他の全生命と協力して、ゼロから新時代の文明を、その自由意志をもって築いていく。

●「動植物はどうやって救われるのか?」
彼らもやはり自由意志を持たない存在であるから、赤ちゃん、幼児、子供と同じやり方で救われる。おそらく、宇宙人の方で、種の保存に必要なだけの固体を選択して宇宙船に乗せるという方法がとられるであろう。

●「救われなかった人、すなわち、乗船できなかった人はどうなるのか?」(中略)
全人類は魂のレベルで全員救われる。そのうち、肉体の意(顕在意識)の自由意志で乗船を希望した人は、肉体で救われる。(中略)
魂で救われた人々は、今度は、肉体で救われた人々の男女の結びにより、新しい地球の子供として、新しい波動の肉体をもって誕生するのである。(中略)
肉体で救われる人は、まったく何もない新しい地球の上に降り立って、無から、ゼロから、新しい地球を少しずつ築き上げてゆく、いわば開拓者の役割を果たす人々である。

●世の混乱がいかに増そうとも、私たちは最後の最後まで、日常の生活と仕事をきちんと果たすこと。これがきわめて重要である。古い世が終わるからといって、投げやりになったり、攻撃的になったり、逃避的になったりするのは完全にまちがいである。
新しい世の種子は、今のこの古い世の生活のなかに播(ま)かれており、新しい世は、もう既に始まっている。


以上が「宇宙船天空に満つる日」の内容である。
皆さんはどう思われるだろうか。


コメント
非公開コメント

トラックバック

http://maccagogogo.jp/tb.php/308-e8b6f850